第21話 内堀町(1)

 朝餉あさげを終え月白達は赤城を目指すために早くも支度を整えていた。

 珊瑚さんごは名残惜しそうに高級宿の部屋を隅々まで見て回る。


「こんなところ。もう二度と泊まれねえだろうな……」


 独り言を呟きながら開け放たれた障子の外へ視線を移す。曇り空の中を鮮やかな青色の鳥が一匹、下から上へ飛んで行ったのだ。


「え?」


 慌てて窓辺に駆け寄って鳥の姿を探すがもうどこにもいない。


「何やってる。珊瑚。もう出るぞ」


 月白と灰青が部屋の出入り口付近に立って珊瑚の方を不思議そうに眺めていた。


「……!今行く!」


 使用人が荷物を馬に乗せるところまで世話を焼いてくれた。柘榴ざくろと柘榴の妻と息子も月白達の出発に立ち会う。


「世話になったな。久しぶりに昔の話ができて良かったよ」


 笠を被った月白を見て柘榴が優しく微笑んだ。


「私こそ。どうか蘇芳すおう様にも宜しくお伝えください」

「分かった」


 月白はそう言うと懐からお金の入った袋を取り出すと柘榴に赤ノ国の貨幣を手渡そうとした。柘榴はその手を静かに留めさせる。


「今回お代は結構です。月白様は昔馴染みですし、惜別の代わりに」


 その言葉に月白は驚いた表情を見せるがふっと小さく笑う。


「では。お言葉に甘えて。今度来るときは倍にして返そう。もしかしてそれが狙いだったかな?」


 柘榴が月白の言葉を聞いて愉快そうに笑った後で真剣な眼差しで答えた。


「とんでもない!月白様以外のお客様ならそんな腹積もりでしょうけど。本当に私の心からの気持ちです」

「分かってる。じゃあな!それまで達者で」


 月白が笑顔で手を振る。その姿は幼い頃、気弱そうな男の子の手を引いて来た女の子と重なった。


「人とは……変わらないものなのだろうか」


 柘榴は自分自身に問いかけるよう呟いた。



「ここを真っすぐ、道なりに行けば内堀町うちぼりちょうの門が見えてくる。で、内堀町を抜ければ赤城せきじょうだ!」


 珊瑚が意気揚々と指さす先、遠目に赤黒い城が見える。


「やーっとここまで来た。隣の国だっていうのに随分時間がかかったな」


 月白が大きく伸びをすると右隣にいた灰青の足元に白い美しい鳥が止まった。


「なんだ……。この鳥」


 珊瑚が灰青の足元に視線を落とす。追い払おうと一歩足を動かそうとした時だ。


「待った待った!そいつは伝書鳥でんしょどりだよ!ほら、こっちおいで」


 月白は腰を屈めて口笛を吹くが白い鳥は月白など気に留めず地面の土を啄んでいる。


「伝書鳥?これが?」

「……月白様には染力がない。だから伝書鳥も自分勝手なんだ」


 灰青が呆れた表情で月白と伝書鳥を見た。王の染力には自分と同じ色を持つ動物を一時的に使役する力も含まれていると言われている。染力を持たない月白は嗅覚で主人を覚えるというこのカオリドリを飼い慣らすことで代用していた。


「そんなこと言ってないで!こいつの足についてるふみを取ってくれ!撫子なでしこからだ」


 月白がわたわたと鳥を追いかける姿が面白くて珊瑚は暫く笑っていた。見かねた灰青が白い鳥を素早い動きで両手で捕まえたことで追いかけっこが終わる。

 月白は黙って文に目を通し始める。


「……白ノ国の屋敷に間者が入ったらしい」


 灰青と珊瑚が緊張した面持ちになる。


「ということは。私が白ノしろのくにったということがバレたということだな」


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る