第11話 赤ノ国へ(5)

「通行証明書と荷物を改めさせてもらう」


 関所の門兵が月白つきしろ達を取り囲んだ。白馬から降りた月白は友好的な笑みを作りながら門兵に近づいていく。


「それがさあ。急だったもんで発行が間に合わなくて……。これで通してくれたりしない?」


 そう言って月白は白ノ国の王印を見せた。それを目にするなり門兵たちはざわついた。


「王が何故こんなところに?そもそも本物なのか?」

「ちょっと蘇芳すおうに極秘に呼ばれていてさ。一昨日、伝書鳥でんしょどりが来たばかりだからきっと関所にまで話は届いていないと思う。通してくれるか?」


 赤ノ国の王を呼び捨てにする目の前の人物に門兵たちは顔を青ざめさせた。同時に笠を取った月白の稀有な髪色を見て白ノ国の王だと確信する。


「赤ノ国の情勢を視に来たのでは?」

「それとも復讐しに?」


 兵たちが口々に憶測を広げていく。それを聞いて月白は大口で笑った。


「そんなわけないだろう!あんな小さな国が赤ノ国に敵うはずない!供も二人しかいないこの状況だと私の方が殺されそうだけどな!

 それに私は蘇芳に対して何の恨みもない。そう約定を交わしたじゃないか。むしろ命を助けてもらって感謝してる」


 笑い飛ばすように月白が言うので周りの門兵達も警戒心を薄れさせていった。


「このお方の言っていることは正しいかもしれない」

「城の者に確認してからお通り頂いても宜しいでしょうか。その間、関所に併設させております部屋にてお待ちいただけますか。数日宿泊して頂けるよう設備は整っておりますので」


 灰青はちらりと主人を見下ろした。赤ノ王から極秘で呼ばれたというのは当然、嘘だ。

 撫子なでしこが伝書鳥を飛ばしたことと辻褄を合わせるための嘘なのだが城の者に確認をとられてしまってはバレてしまう。しかしそんな不測の事態すらないかのように月白は笑顔で続けた。


「分かった。迷惑をかけるが暫く世話になる!」


 灰青は自信満々な月白を見て何か手があるのだと読んだ。

 荷物の検査を受け、書類に記名をすると三人は上客用の部屋に通された。荷物の中に刀や小さな刃物を持ち歩いていることは咎められない。旅には危険が付き物で護身用として持つ分には許さているのだ。ただ人数以上の武器、暗器あんき、飛び道具などは厳しく取り締まられた。

 月白が勢いよく畳の上に寝ころんだ。


「板の間で寝てたから畳はいいなー」

「うわ……。俺、こんな上等な部屋初めてだよ。花なんて飾ってある」


 珊瑚が物珍しそうに床の間の花と掛け軸をしげしげと眺めている。それぞれ自由に過ごす二人に灰青が深いため息を吐く。


「そんなに呑気にしていていいのですか?確認が終わるまで動けない上にあんな方便まで……。赤ノ王にそんな話は聞いていない、間者として囚われたらどうするのです?何か手は考えているんでしょうね?」


 月白は寝転がりながら満面の笑みを灰青に向けた。


「何の策もない!あれはただ調子を合わせただけ!」


 その解答を聞いて灰青は呆れて物も言えなかった。そのままその場に突っ立っていた。やはり月白は勢いで行動していたようだ。


「え?嘘だったのかよ?どうすんだよ!絶対に殺されるぞ。最近赤ノ国の王は気が立ってるって噂なんだからな!」


 珊瑚の慌てようにもあはははと月白は楽しそうに笑った。


「大丈夫!いざとなったら逃げればいい。それに伝書鳥はあと二日ぐらいで城に届くはずだ。間に合うって」

「赤ノ国の王が文を読んだうえで入国を拒んだらどうするんです?」


 灰青の核心を突いた問に月白は笑顔を消して答えた。


「そんなことしないよ。あいつは……」


 月白の言葉に迷いはないはずなのにどこか寂し気だった。その表情を見た灰青は人知れず握りこぶしを作る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る