第10話 赤ノ国へ(4)

 瞼の裏に光を感じて月白つきしろは目をぱっと開いた。いつの間にか息苦しくなって顔の上にのせていた笠をどけていたらしい。隙間の空いた天井から朝光ちょうこうが零れ落ちている。

 上体を起こすと戸口に大きな影があるのに気が付いた。灰青はいあおだ。


「……だから!俺も連れて行けって!」

「断る。お前のような餓鬼を連れていけるか」


 月白は目元を擦りながら耳をそばだたせる。どうやらあの少年が駄々をこねているらしい。


(こんなこと、随分前にもあったな)


 月白は懐かしい気持ちになって思わず顔を綻ばせた。


「俺だったらあんたらより赤ノ国に詳しい!城内だって何度か行ったことがあるし。俺を雇って損はさせねえよ!あんたらが赤ノ国にいる間だけでいいから!」

「他を当たれ!お前今までさんざん月白様に無礼を働いてきただろ」

「私は構わないぞ。赤ノ国は数十年ぶりなんだ。丁度案内役が必要なところだった」


 戸口から姿を現した月白が伸びをしながら言った。


「月白様!またそのようなことを」

「灰青や撫子なでしこだってそうだったろ」


 灰青は言い返す言葉が見つからず口を閉ざす。月白から案内役の任を得た少年は顔を輝かせた。月白はそこで初めて少年が長い髪を切ってすっきりとした短髪になっているのに気が付く。


「本当か⁈」

「これから宜しく頼むよ。えーと……。そう言えば名前を聞いてなかったな」


 月白の正面に立った少年が腰に手を当てて堂々と答えた。


「俺の名は珊瑚さんご!」


 朝光に照らされた珊瑚は身に付けている着物がボロボロで、肌も薄汚れ無数の傷が痛々しい。それでも歯を見せて笑う珊瑚は不思議な力に満ちているように月白には見えた。



「この道を行けば関所に行き当たるはずだ。あんたら通行許可書持ってるの?」

「……。急だったからなー」


 月白が乗った馬を引きながら珊瑚は声を上げた。思わず手にした荷物を落としてしまうところだった。


「有り得ねえ!赤ノ国の関所は厳しいんだぞ。どうして手ぶらで来ることができるんだよ!もしかして俺、仕官先間違えた?」

「仕方ないだろう!本当に急だったんだから。でも大丈夫!代わりになりそうなもんは持ってきたから」


 そう言って懐から貴重品の入った小袋を取り出した。隣に馬の歩調を合わせていた灰青が悪い予感がするという風に顔を顰めてその様子を伺う。


「王印!」


 灰青は頭を抱えた。正式な文書のやり取りをするのに重要な貴重品だ。落として悪用でもされたらたまらない。

 王印に驚いたのは珊瑚だった。口を開けて鯉のようにパクパクとさせる。


「王印って……もしかして……。姫さんじゃなくて、王だったのか?ただの貴族でもなく?」

「ああ。白ノ国の王、月白だよ」

「白ノ国?あの小さな、無法地帯の王だって?」


 珊瑚は信じられないというように月白を見上げた。月白は唇を尖らせる。


「無法地帯とは失礼な。ちゃんとりつの存在する国さ。まありつの厳しい赤ノ国にとって自由度の高い白ノ国は訳の分からない蛮国だと思われてるんだろうけど」


 六国はそれぞれ王がりつという法を出して民を統制する。染力による支配は武力、律による支配は法による支配を指す。赤ノ国は律が多いことで有名だった。


「そうか……。白ノ国は危険な国じゃないのか。色が無い、王の力のない世界なんて荒れ放題だと思ってた」

「白ノ国は赤ノ国ほど大国ではないからな。統治しやすいんだ。誰が苦しんでるのかすぐわかって助けられる。力がなくても、王がいなくても、全ての民が生きていける仕組みを整えてやれば国は成り立つ」


 月白が笠を少し上げて遠くを見ながら言った。


「そんな場所が存在してるのか……。信じられないな。でもあんたを見てるとそんな世界も本当にあるんだろうなって思える」


 珊瑚の言葉を聞いて月白は胸を張って笑った。


「今生きている世界を見るとき、必ず自分の目で見ることが大切なんだ」

「ふーん。確かに俺、あの村から出たことないし。赤ノ国しか見た事ねえや」


 珊瑚は何かを考え込むような素振りを見せる。


「月白様、関所が見えました」


 灰青が大きな赤い門を指さした。近くにある平屋の建物も赤色に塗られ、異様な存在感を放っている。木の柵が立ち並び、門を通らなければ先へは進めないようになっていた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る