第8話 赤ノ国へ(2)

 空を照らしていた丸い天体、朝光ちょうこうが薄れ、夜が訪れようとしていた。昼間は美しく見えた赤色の木々も夜となると印象が一変する。

 赤黒く色を変えた木々は不気味で今にも物の怪が飛び出してきそうだ。


「しまったなー。今日中には宿場に到着するつもりだったのに」

「……考えなしに行動するからです。どうするんです?」


 馬もゆっくりとした歩調になり、月白つきしろは唸り声を上げる。


「野宿かな!」


 月白の解答に灰青は大きなため息を吐いた。


「ただでさえ命を狙われてるというのに、危険です。民家を探しましょう」

「民家ってもこの辺りに人が住んでいる場所なんて……。あれは?」


 何かを見つけた月白は馬の腹を蹴った。ボロボロの小さな木造家屋がポツンと立っていたのだ。


「本日の宿見っけ!タダだぞ。灰青はいあお!」

「……」


 ボロ家の周辺は荒れ放題の畑が広がっていた。誰も手入れをしないので赤黒い雑草があちこちに生えている。


「一夜の宿にはもってこいだろう!様子を見てきてやる」


 未知のものに目を輝かせる主人を灰青は静かに止めた。


「お待ちください。俺が見てきますから……」


 灰青と月白は馬を降り、畑の柵跡らしき木の杭に手綱を括りつける。

 灰青は月白を背後に立たせ静かにボロ家の戸口に手を掛けた。


「誰もいないじゃないか」


 家の中は家具が1つもない。がらんとしており、隙間風でガタガタと部屋のどこかを揺らす。


「でも何か焦げ臭いな」


 月白のその言葉を聞くと同時に灰青は月白の体を軽く突き飛ばし体を入れ違う。月白は強制的にボロ家の中に転がり込む形となった。灰青の殺気を感じ取る。


「いってえ!」


 高い、子供のような声が聞こえてきたかと思うと体を打ち付ける鈍い音が辺りに響いた。刃物が落ちる音を聞いて月白は初めて襲撃を受けていたのだと気が付いた。

 騒動が起きた反動で部屋の中の埃が舞う。月白は咳込みながらも目を凝らし灰青の様子を伺う。


「灰青!大丈夫か?」

「ええ。大丈夫です……」


 灰青が取り押さえていたのは痩せた少年だった。薄暗いせいで見事な赤い髪が暗く見える。伸びて、ごわついた長い髪を低い位置で結わっていた。

 その体の細さからは想像もできないほど目は獣の如く鋭く底光りしていた。生きることに貪欲であることが分かった。赤茶色の瞳が灰青の殺気に負けじと睨み上げる。


「離せよ!このデカぶつ!」

「……お前、赤ノ国の間者か?」


 そう言って灰青は後ろ手にして床に押しつぶした少年に体重をかけ始めた。ミシミシと古い床が押しつぶされ、少年の体が今にも折れそうだとなった時、月白が良く通る声で言った。


「腹が減った!」


 この緊迫した状況とは思えない発言に張り詰めた空気が一瞬で失われてしまった。

 灰青が力を弱めたことで少年の肺が圧迫された状態から解放されたようで激しくせき込んだ。


「この状況で……何のつもりです?」


 灰青も冷静さを取り戻す。少年の腕を取り押さえたまま主人の言動の真意を探った。


「だからそのままだよ。腹ごしらえ。携帯食があったろ?それにお前は昨日ヘマをしてる。今回も同じようにするつもりか?」


 そう言って月白は不敵な笑顔を浮かべた。灰青は昨夜の失態を思い出して苦い物でも口にしたような顔をする。


「お前は別に私を狙っていたわけではないだろう?ただの盗人ぬすっとと見た」


 月白の顔を不機嫌そうに睨みながら少年は口を開いた。


「ああ……。そうだよ!だったらどうする?どこぞのお偉いさん。小物の俺を殺したって何の益にもなんねぇぞ!」


 喚き散らす少年を黙らせるように再び灰青が腕に力を入れる。少年の小賢しさと力強さに月白は笑った。


「こいつは逸材かもなー。まあ。とりあえず食べよう。話はそれからだ」


 そう言って月白は大股でボロ家に足を踏み入れると囲炉裏いろりの前で胡坐をかいた。


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