廃村

第7話 赤ノ国へ(1)

「いざ赤ノ国へ!」


 月白つきしろは馬上で笑顔を称えながら言った。月白を乗せる馬の毛並みも白く月白の見目とよく似合う。珍しい白髪は頭の下方に団子状に纏め、笠を被っているので目立たない。最低限の荷物を馬に括り付け、腰には飲み水を入れた瓢箪ひょうたんと護身用の小刀を引っ提げている。


「何も今日向かわずとも……万全に準備をしてから向かうべきでしょう」

「言っただろう?素早い行動が功を奏すると。ほらほら油断してると置いていくぞ」

 そう言って月白は馬の腹を蹴った。その顔は悪戯を仕掛ける子供のように無邪気だった。

「……!お待ちください!」


 慌てて灰青も白と茶色が入り混じった毛並みの馬に跨る。

 白ノ国の質素な大門を越えると開けた街道が現れる。整備された道以外は白色の葉の木が立ち並ぶ。手つかずの自然は何色でもない、白色をしている。動物の毛並みも白いものが多い。朝光ちょうこうが差すと水色の空に揺れる白い葉が幻想的に揺れる。月白はこの景色を気に入っていた。

 やがて白い葉の木々は途絶え、赤茶色の幹に赤い葉の木々が現れた。今まで白い景色を歩いてきたので色彩の変わりように目が冴え渡ってしまう。月白は馬に乗りながら白ノ国にはない色彩を楽しんだ。

 月白は木の根元に五つの花弁を目いっぱいに開いた赤い花が咲いているのを見つけた。


「赤い葉の木も美しくていいが、こんなところにまで王華おうかが咲いているとは……。そのうち白ノ国でも咲いたりしてな!蘇芳すおうの奴、どんな手品を使ってるんだか」


 月白に手綱を引かれた馬が不機嫌そうに鼻を鳴らした。道端の草を食べる馬だが、王華だけは反応を示さなかった。全ての野生動物が王華だけには手を出さない。手折ろうとするなら王の不興を買うと噂されているほどだ。さいノ大陸の者は小さい頃から王華に触れてはいけないと親から言い聞かされる。


「月白様、王華の前で赤ノ王の話をするのはおやめください。王の名を呼び捨てなど……。国の情勢を視ているのが王華だと言われています。赤ノ国の王が話を聞いているかもしれません」

「こんな花でどうやって分かるってんだよ。あーあ。私も術が使えたら面白かったのに。白ノ国には雑草……シラベしかないな。しかもこの雑草、動物が好まないから本当に邪魔なんだよ。透明で気味が悪いし」


 月白は大げさに残念がった。ついでに駆除が面倒な雑草にも文句も言っておく。シラベは彩ノ大陸、全土に見られる蔦状の植物だ。最大の特徴は何の色もない、透明なな色をしていることだろうか。そのせいで植物の茎や葉から取り込んだ水が見えるのだ。


「王華から離れてください。……王というのは我々とは異なる生き物なのです」

「私も王だが?」

「……」


 月白の疑問に答えることなく灰青は馬首を巡らせ前に出る。月白達が歩く整備された街道はもともと紫ノ国を繋ぐ大きな通りだった。やがて人が集まり商の場となるとそこに目をつけた月白の父、白練しろねりが統治したことで白ノ国が誕生した。国というより集落に近いかもしれないが五つの国から独立していいること、月白という領主が統治していることから一つの国として認識されている。

 できたばかりの国であるため白ノ国を知らない者もまだ多い。

 赤い王華の咲く街道を走る。旅人や商人が通り過ぎていく。灰青はその一人一人に注意を向けていた。


「赤ノ国の王の統治はかなり厳しいものだと聞いております。怒りを買えば首が飛ぶと……」

「ああ。その分民の安全は保障されてる。ただ……息苦しいだろうけどな」


 ぽつりぽつりと雑談を交わしながら道なりに馬を走らせる。途中で馬を停止させ休憩を重ねて進んだ。


「お。水泉すいせんだ」


 月白は馬から降り、手綱を手短な木の幹に括りつけておくと人だかりができている方へ駆け出した。


大水泉だいすいせんへの感謝を忘れた時、神帝しんていは天から水を降らし国から色を奪うでしょう。どうか大水泉へ感謝を」


 白い着物に深く笠を被った男性が座り、何やら人々に呟いている。水泉の側ではよく見られる光景だった。男性の側にはお椀がおかれ、その中には貨幣が入れられている。


 水泉とは飲み水が湧きだしている場所のことを言う。この彩ノ大陸には所々から水泉が湧き出ているのだ。

 大陸の中心部は巨大な水泉があり飲み水の供給源となっている。『大水泉だいすいせん』と呼ばれ信仰の対象、神域とされ、その湖はどの国の支配も受けない。男性は伝教師でんきょうしと呼ばれる者で、大水泉を信仰し、人々に教えを説いた。

 時々見かける光景なので月白は特に気にも留めず、水飲み場から手で掬って水を口へ運ぶ。何の色も持たない、透明な水が月白の乾いた喉を潤した。


「はーっ。生き返る!」


 月白の飲みっぷりに周りにた旅人や商人たちが笑った。伝教師だけは笠を深く被っているため笑っているかは分からなかった。月白も笑顔を浮かべながら瓢箪に水を入れる。


「月白様……。もう少し目立たぬようにしてください」


 後から遅れてやってきた灰青が苦言を呈する。突然現れたガラの悪い大男に周囲の人々の笑いが止まった。


「うるさいな。ほら、灰青も飲めよ」


 月白が腕で口元を拭いながら水飲み場を指さす。


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る