第6話 白ノ国(6)
「
屋敷に到着するなり怒鳴り声が
「……今日も可愛らしいな。
月白が女性を口説くような台詞を言うと目の前の女性は頬を真っ赤にして怒った。今年19歳になったばかりの撫子はまだ幼さの残る少女の顔をしている。紫に近い、薄紅色の長髪を上半分だけ結い上げていた。髪と同じ色の大きな瞳が月白を目いっぱい映し出す。こう見えても有能な官吏だった。形式的ではあるが
「あのですね!そんなこと言っても許しませんから!それに、自分より美しい人から可愛いなんて言われても嬉しくないです。月白様、分かってて言ってます?」
「本当に可愛いから可愛いと言っただけじゃないか」
月白がさらりとそんなことを言うから撫子は嬉し恥ずかしさに耐えきれなくなってそっぽを向いた。月白は撫子を前にするといつもこんな調子で揶揄う。
「そうだ。撫子に伝えたいことがあってさ……」
「はい、何です?」
撫子が腕組をしながら月白を見下ろす。
「暫く白ノ国を開けるから留守を頼むよ。まあ、私がいなくたってこの国は大丈夫だろうけどね……」
「はい?」
その言葉に撫子の表情が固まった。月白の後ろにいた灰青も呆然とした表情を浮かべる。
「どういうことです?」
思わず主人の横に並びその端整な顔を覗き込む。月白は真剣な表情を浮かべており、冗談ではないことが分かった。
「どうせまた他国の視察とかいうのでありましょう?慣れっこです。今回はどちらまで?」
撫子が動揺してたまるかという風に咳ばらいをして問いかける。
「まあ……そんな感じだな。向かう場所は……勿論、赤ノ国!」
月白が満面の笑みを浮かべて答えたのだがその場にいた誰もが目を見開いた。沈黙を破ったのは灰青の怒気をはらんだ声だった。
「いい加減にしてください!赤ノ国は間者を月白様に差し向けた国で……お父上を殺した宿敵ではありませんか!」
灰青の発言に周囲に控えていた人たちが凍りつく。撫子も決まり悪そうに視線を床に落とした。そんな雰囲気などもろともせず月白は笑顔を崩さずに言った。
「父上を殺したのは前の王だ。赤ノ国に恨みがあるわけではない。それに白ノ国は赤ノ国から国として認められてる。まあお互い不可侵で、という書状を取り交わしただけで仲良しこよしってわけではないけどな!」
「だったら尚更行くべきではありません!それでも行くというなら力づくで止めます。たとえ貴方の足を折ることになっても……」
灰青を取り巻く空気が変わる。今にも獲物に飛び掛からんとする動物の気配にその場にいた者全員が息を呑んだ。撫子の顔色が真っ青になったのが分かる。
そんな灰青を目の前にしても月白は動じなかった。茶化すように両手を広げて見せる。
「おいおい……。私のことを案じてくれてるのか、殺すつもりなのかどっちなんだよ。よく考えてみろ。間者を差し向けたのが赤ノ国なら赤ノ国で殺しはできないはずだ。わざわざ暗殺しようとしてるのは正体がバレたら都合が悪いから。ということは自国で殺しはしない。
それに白ノ国は赤ノ国だけじゃなく五つの国に対して「
一息に月白は説明を終えるとちらりと灰青の方を見上げる。染色域とは王が支配している己の色に染まった領域のことだ。王の染力が強く、土地が王を認めればその領域に王華が咲き、支配地を広げることができた。自分の色に染めることができた領域は王の染力を使用することができるようになるのだ。
支配地域を巡る争いを避けるため、六国はお互いにこれ以上染色域を広げないという約定を結んでいる。しかしこれは建前であり、王の動きによっていつ争いが起きるかも分からない。現に青ノ国は隣に位置する
灰青はまだ納得できないような表情を浮かべていたが先ほどの殺気は薄まっていた。
「
そう言って月白は親指を突き立てるような仕草をした。
「……こんな無茶を許すのは今回だけですからね」
灰青への世辞が決定打となったのか、月白の赤ノ国滞在が許された。
「月白様のことですからお考えあっての行動でしょう。分かりました。撫子も許します。灰青様も同行されるとのことですし……。でしたら手配は私にお任せください。我が身側になくとも月白様をお守りしてみせます」
灰青の殺気に震えていた撫子は気を取り戻すとその場で平伏し口上を述べる。その姿を見て月白は腕組をして満足そうに頷いた。
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