第3話 白ノ国(3)
「
「何?」
月白は顔を歪ませて
灰青は強面と体の大きさに合わずおどおどとした表情を浮かべる。その様子は子熊のようでもあり子狼のようだった。昨夜人の首を一閃で刎ねたとは思えない。
白い小袖に着替え、朝よりも整った身なりをした月白はどこかの
主君が動くだろうと予測していた灰青も身支度を整え終えていた。灰色の地味な着物に黒に近い青色の袴を身に付けている。腰には昨日人を斬った、白色の拵えをした刀を差していた。身なりを整えた灰青は迫力が増し、余計に近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「せめて足を閉じてください」
「いちいち細かいことを……」
灰青は主人の舌打ちにもめげずに続ける。
「昨夜命を狙われたばかりです。大人しくされては如何ですか?屋敷に警護の者を増やしましょう……」
「引きこもったところで状況は何も変わらない!」
月白のよく通る低い声が響き渡った。
「こうしているうちにも間者の形跡は消えていく。迅速な行動こそ功を奏する」
月白は立ち上がると腰に手を当てて灰青を見上げた。大きな黒い瞳はいつも以上に力強い光を放っており、灰青は思わず視線を外す。それでも引くことのできない彼は言葉を続けた。
「俺が出ます。だから月白様は安全なところで……」
「そんなの敵の思う壺だろう。敵だってこれで月白は恐怖で動けなくなる、慎重になると思っているはずだ。その思惑を破るのよ。私があれぐらいのことで怖気づくとでも?」
そう言って月白は悪い笑みを浮かべる。
「それに。やられた分はしっかりやり返さなければなあ。私の手で!」
陶器のような白い肌をした手の関節を鳴らす姿を見て灰青は顔をひきつらせた。こうなった主君を止めることができないというのを灰青が一番よく理解していた。
「分かりました。俺も行きます。くれぐれもお一人で行動されないようお願いします」
「えー?お前が付いてくるの?まあ警護役にはうってつけだろうけどさ。灰青といると目立って仕方ないんだ」
月白が目を細め、大袈裟に嫌そうな顔をする。
「そのお言葉、そのままお返しします」
灰青の小言を聞いて再びにやりと笑うと月白は開け放たれた屋敷の戸口を跨ぐ。背後から「いってらっしゃいませ」と言う女中の声を聞いた。
白ノ国が他の国と大きく異なるのは四、五百名の民を
唯一何の色にも染まっていないというところにある。様々な色の着物に髪色、瞳の色をした人々が集まっていた。
彩ノ大陸において国が1つの色で統制されていることが当然のことだった。王は自らの染力で国を染め上げる。それ故他の色が混じることを良しとしない。色相が濁った国は治安が乱れている証だった。王の力も弱まっていくのだという。
国が色を持たないことを非難されるのであれば当然、個人で色を持たない者も非難される。月白のように何の色も持たない者は
過去に起きた争いでは色の無い者達が殺戮されるという出来事まで起きている。そんな歴史があるせいで色の無い者を見かけることは殆どなくなってしまった。
染力を持たない月白はそんなこともお構いなしに白ノ国の町を駆け抜ける。
色が定まらない、色がないことから自然と『白ノ国』と呼ばれるようになった。
「おや!これは月白様に灰青様!どちらへ?」
山菜や野菜を台に並べた薄い朱色の髪色をした男性が気安く月白に話しかける。
「久しぶりに白ノ国の市の様子でも見ようと思ってな。最近何か変わったことはあったか?」
腕組をしながら月白がさりげなく問いかける。商人の男性は首を傾げた。
「なーんもねえ。変わらず商売してる。そうだ。俺の隣に住むもんが最近畑を広げてきてな……。近いうちに土地証明書が欲しんだ」
「分かった。また屋敷の者……
商人の男性は安心したような顔になると笑顔を浮かべて言った。
「ありがてえ!また外を出歩いて……、撫子様に怒られるんじゃねか?」
「あー……。そうだ。撫子には何も言わずに出てきちゃった。このことは内密にな」
月白が茶目っ気たっぷりに人差し指を立ててみせると男性は再び大笑いした。
「俺は良いけどよお。後ろにおっかねえお目付け役がいるから無駄じゃないか?」
月白が後ろを振り向くと灰青が不機嫌そうに仁王立ちしていた。
賑わいに気が付いた周りの人々が月白を見つけるなり駆け寄ってくる。大人も子供も、若者も年寄りも……。
あっという間に月白の周りには人の輪が出来上がった。
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