第2話 白ノ国(2)

「お早うございます。月白つきしろ様……と灰青はいあお様?」


 朝の準備の為、月白の寝所を訪れた女中は声を上げた。月白と灰青は間者の男の持ち物を夜通し検分していたのだ。死体は朝方使用人に片づけさせた。

 あらぬ勘違いをされそうになった灰青は頭を押さえながら慌てて言葉を続ける。


「……昨夜間者が此方に侵入しまして、その対処のために控えているだけで……」

「そう。その不届き者が灰青というわけよ」


 月白が視線を落としながら答えると女中は袖を口元で覆い頬を赤らめた。


「月白様、笑えない冗談はおやめください。俺はあの鈴が鳴ったから……」

「そうですよね。お2人は想い合っていらっしゃると私、前々から思っておりました。主君と従者の身分違いの恋。それがようやく成就されたようで……」


 女中が1人で盛り上がっているところを灰青は止めることができない。


「あの……。本当に違うんです。本当に」

「支度は後でする。下がっていい」


 灰青の弁明は月白の命令で消え失せた。灰青は不貞腐れた子供のような表情を浮かべる。


「昨夜の間者の衣服は黒。夜襲を掛けるとなれば当然だろうね……。あおノ国の輝石きせきりょくノ国の薬、ノ国の笛、あかノ国の刀。ノ国の布。そして我が国、白ノ国の硬貨。何だ?まるで犯人の特定ができないじゃないか!」


 寝巻きのまま胡坐をかいていた月白は思いっきり反対側に反り返ってそのまま畳に大の字になった。


「六国、全てが月白様を恨んでいるということではないでしょうか」


 真面目な口調で灰青が意見を述べると寝転がりながら月白はわめいた。


「馬鹿か!こんな小国のか弱い領主に目をつけてなんの益がある。しかも白ノ国の者からも恨まれてるって……どういうことだ!私に人望がないと言いたいのか?」

「……。間者の髪は全て剃られていてどこの国の者か分かりません。瞳も術が施されており眼球全体が黒に染まっていました」


 灰青の報告を聞いて月白はゆっくりと上体を起こす。


「……そうか」


 このさいノ大陸には不思議な力が働いている。この世界をの生みの親だと考えられている神帝しんてい所業しょぎょうと言わざるを得ない現象だ。


 それは治める王によって国が色を変えるという染色現象せんしょくげんしょうと呼ばれるものだ。


 現在彩ノ大陸は六つの国が円を描くように並び、地続きになっている。ただ大陸の中心部にはぽっかりと穴が開いていた。

 陸地のないその空間は飲み水で満たされていた。人々は大陸の中心部のことを『大水泉』と呼んだ。六つの国の周りも水で囲まれている。

 世界の果てで水は零れ落ち、再び大水泉に溜まり人間に水を与えるのだという説が一般的だ。だから船をずっと同じ方角に進め続けると世界の果てに落っこちてしまって危険だと思われていた。またある人はどれだけ船を進めても彩ノ大陸の反対側に出てしまうのだとか言う説もあって論争は尽きない。


 染色現象についても研究が進めているが解明には至っていない。王が神帝しんていから授かるという特別な力『染力せんりょく』が影響していると考えられている。

 現在、最も力を持つ赤ノ国であれば建物から植物に至るまで全て赤系統に染まる。間者が持っていた刀身も赤かった。

 勿論そこに暮らす人も赤色になる。体中が真っ赤になるわけではない。王の力を強く受けるのは頭髪と瞳の色のみと決まっている。その部位すら確認できればどの国の王が月白を狙ったのか分かるはずだった。

 王の染力は強力で戦や自然災害が起きた際、強く発揮される。そして王に器なしと判断されると新たな人物に染力が宿るという。過去に染力を宿した者が王に歯向かって実権を得た記録もある。


「よほど染力が強い相手だね。しかもかなり用心深いときた。あーやだやだ。私は染力なんてもん持ってないのに」


 月白は手をひらひらと振って見せた。

 まだ歴史の浅い白ノ国を治める月白には肝心の染力が宿っていなかった。王が染力を武器に民を従わせる中、月白は己の実力だけで白ノ国を治めている。


「いつ天が主を認め、その力を与えてくださるのか……。今までは運よく耐え忍んできましたがこう、命を狙われるようになっては力がなくては立ち向かえない」


 灰青が視線を落としながら答えた。その様子を見て月白は大きなため息を吐く。


「灰青までつまらないことを言うんだな」


 月白は間者が持っていた硬貨を親指で弾いてみせた。


「そんな力必要ないんだよ。国を治めるのに必要なのは人を動かす行動力と……あとなんだろう……思いやりかな?」


 再び戻って来た硬貨を片手で受け止めると月白は口の片端を上げて笑った。その姿を見て灰青は何度目かのため息を吐く。

 


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