第40話 羽衣さんは王立音楽学園に入りたい⑧ ~失うもの~

「なんでこのアタシが、こんなことしなくちゃいけないのよぉぉぉ……っ!?」


 宮殿のバルコニーに響くありすさんの金切り声……。


「いやっ、ちょっ……!?」


 僕は慌ててその口を塞ぐ――


「――ちょ、ちょっと……っ!? き、聞こえたらマズイじゃないですかっ……!?」

「だったらなんで、こんなマネしなくちゃいけないのよっ……!?!?」


 言いながら長方形の窓の向こうを指差すありすさん……。

 深紅のドレープの隙間からチラリとのぞいた小ホール。


 ――黄金色のヴァイオリンを手にした羽衣さんの後ろ姿が、ちょっとだけ見える。ほんのちょっとだけど……。

 

「――女湯のじゃあるまいしっ!!!!」

「――だ、だって仕方ないじゃないですか……っ!! 中の様子が見えるの、ここしかないんですからっ……!!」


 さっき羽衣さんの番号が呼ばれた後、僕はいてもたってもいられずに隣の部屋の窓からバルコニーづたいに様子をのぞきに来たのだ……。


 背後ではマリさん、ラウナさん、そしてミーツェさんも、ありすさんに右に習えとばかりに騒いでいる……。


「――救世主さま、あの女のどこがそんなにっ……!!」

「――そうですよ、救世主さまっ!! ちょっとおっぱいが大きくて、顔が可愛いだけじゃないですかっ……!!」

「――ラウナとミーツェの言う通りです、救世主さまっ!! どうしてあの女にそこまで肩入れをっ!? まさか、よからぬ関係なのですかっ……!!!?」

「――ぐぬぬぬぬぬっ……!!!?」


 あぁ、もう、うるさいなぁ……。

 などと騒いでいるうちに、羽衣さんがエクスカリバウスを肩に乗せた――


「……あっ、始まる――!!」



 名前:和紗羽衣

 レベル:14

 TS:75113

 AS:75182

 MP:11

 スキル:≪G乳上のアリア≫≪ボーイングLv.3≫≪アルペジオLv.3≫≪速いパッセージLv.2≫≪ポジションチェンジLv.3≫≪ビブラートLv.3≫≪トリルLv.2≫≪重音Lv.2≫

 称号:≪ヴァイオリンの王≫

 


 【聴衆オーディエンスA:王立音楽学園の審査員】

 レベル:925

 TS防御度:95000/95000

 AS防御度:91000/91000



 僕は驚いてしまった……。


(おいおい……。聴衆オーディエンスレベル900超えって……っ!?)


 審査員の教授陣、一体どれだけ心に鍵をかけてるんだよっ……!?

 

『――何が何でも受験生の演奏なんかには感動しないぞっ!!』


 そんな気合いさえ感じるなぁ……。

 大丈夫かなぁ……?

 心配していると、羽衣さんが弓をエクスカリバウスの弦に押し当てた――


『――ティロリロティロリロ~、ティロリロティロリロ~♪』


 途端に流れ出す、軽やかな旋律……。

 16分音符で刻まれる、天に手を伸ばすようなメロディー……。

 途端にバルコニーは優雅な午後の光に包まれた……。


「ウ、ウソでしょ……っ!? う、うまっ……!?!?」


 隣でありすさんが悲鳴を上げた。


「「「……ス、スゴっ――!!!!」」」


 背後でマリさん、ラウナさん、そしてミーツェさんまで……。

 その驚きは、渋ちんの教授陣も同じだったようだ。

 みんな口をあんぐりと開けている――

 


 名前:和紗羽衣 (♪演奏中:Preludio / Partita for Violin No. 3)

 レベル:14

 TS:75113

 AS:75182

 MP:11

 スキル:≪G乳上のアリア≫≪ボーイングLv.3≫≪アルペジオLv.3≫≪速いパッセージLv.2≫≪ポジションチェンジLv.3≫≪ビブラートLv.3≫≪トリルLv.2≫≪重音Lv.2≫

 称号:≪ヴァイオリンの王≫

 


 【聴衆オーディエンスA:王立音楽学園の審査員】

 レベル:925

 TS防御度:503/95000

 AS防御度:216/91000



 軽やかな調べとは裏腹に、重機で壁をぶち壊すような勢いで削られてゆく審査員のTS/AS防御度……。


(よし、いける――!!)


 そう思った、次の瞬間だった――

 

 ――ドクンッ…………!!!!!


 突然、僕の心臓が誰かに鷲掴みにされたような気がした……。


(うぐっ…………!?!?)


 一瞬にして目の前が白くなり、半透明のウインドウが見えなくなった……。

 午後の光に照らされたバルコニーも……。

 エクスカリバウスを弾く羽衣さんの背中も……。


「ぐっ…………がっ…………!?!?」


 思わずヴァイオリンケースを取り落とし、胸を押さえて前のめりに倒れ込む……。

 突き刺すような痛みに、意識が吹き飛びそうに……


「――ちょ、ちょっとアンタ……っ!!!? ど、どうしたのよ……っ!?!?」

「「「――きゅ、救世主さまっ!!!? だ、大丈夫ですか……っ!!!?」」」


 ……ありすさん、マリさん、ラウナさん、そしてミーツェさんの声が聞こえる……。

 でもその姿ももう、僕の視界には映らなかった……。


(――強大な力を持つヴァイオリン……。世界秩序を狂わす魔法のヴァイオリン……)


 僕は、エクスカリバウスの声を耳に思い出していた――



『――汝にとって世界で一番大切なものが失われるやもしれぬ』



(や、やっぱり……い、命か………)


 ――ドクンッ…………!!!!!


 また剣で突き刺すような痛みが胸を襲い、僕はそれっきり、意識を失った……。


 ――――


 ――

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