第39話 羽衣さんは王立音楽学園に入りたい⑦ ~審判の日~
「――ハァっ!? なんでこのアタシが、あの乳デカ女の応援なんかしなきゃいけないのよっ……!?」
廊下に響くありすさんの絶叫。
「……まぁまぁ、いいじゃないですか!」
僕はありすさんの腕をグイっと引っぱりながら、王立音楽学園の翼棟にある編入試験会場――小ホールへと向かっている。
(サヨナラ、恚くん……)
慌ただしい日々はあっという間に過ぎ去り、気づけば編入試験当日になっていた。
あれから、羽衣さんとは一度も連絡を取っていない……。もちろん、アパートにも……。
だけど、僕はもう心に決めていた。
(――羽衣さんの夢を叶えたい。"王立音楽学園に入りたい"という羽衣さんの願いを叶えたい……)
――そのために、エクスカリバウスを貸与する。
反対の手にはそのヴァイオリンケース。
そして後ろからは……
「――そうですよ救世主さま、どうして危険人物の応援などっ!?」
「――救世主さまは騙されているのです、目を覚ましてくださいっ!?」
「――ラウナとミーツェの言う通りです救世主さまっ、何のためにストーカー女の応援などっ!?」
……マリさんラウナさんミーツェさんが、ギャーギャーと騒ぎながら後をくっついてくる――。
いやだけどまぁ、これも僕が望んだことだ。
午後から編入試験が行われる今日は、在校生は午前中で終わる予定だった。
そこをあえて、ありすさん、マリさん、ラウナさん、そしてミーツェさんに声をかけて残ってもらったのにはワケがある――。
「……どうしてって、みなさんに羽衣さんと仲良くしてほしいからですよ!」
僕がそう言うと、途端に女子たちの金切り声が重なった。
「「「「――ハァっ!?!?」」」」
み、耳が……。
まぁ、この反応も想定済みだったけどさぁ……。
(でも仕方ない。他に方法がないんだから……)
――羽衣さんのためにエクスカリバウスを貸与する……。
そこまではもう決めたことだ……。
でも、問題は"その後"だ……。
強大な力の副作用で、世界秩序が狂う……。世界で一番大切なものが失われるかもしれない……。
もしかしたら僕の命が……
(――失われるかもしれない)
もう覚悟はしている……。
だけどもし実際そうなったら、仮に羽衣さんが王立音楽学園に入れたとしても一人ぼっちになってしまう。
だって彼女がグレフェン行きを決めたのは、ここ最近のことだから。
人間関係の面でも、勉強や語学等の面でも、異国での学園生活は不安だらけだと思う。
となると、日本語のわかるありすさんにサポートしてあげてほしい。
それに、生徒数の約4割を占める"
「羽衣さんが合格できるように、僕は全力で応援するつもりです! だからみなさんも、羽衣さんを支えてあげてください!」
「「「「――ハァっ!?!?」」」」
ほとんど"ノー"に近い金切り声を聞きながら、僕は翼棟の階段を上っていった……。
◇
小ホールの前には椅子がずらりと並んでいる。
緊張した面持ちの受験者たち。手には各々の楽器――そして青白い顔が居並んでいた。
(ちょうどヴァイオリン科の試験が始まったところかな……)
彼らが手に持っている楽器はどれもヴァイオリンだ。
――震える手。ピクリとも動かない受験者たち。
まるで"最後の審判を待つ信徒たち"みたいな張り詰めた空気が、廊下の向こうにまで広がっている……。
(えーっと、羽衣さんは、と――)
僕は受験者たちの列に、その丸っこいボブカットの女の子を探した。
(あっ、いた……!)
まっすぐに並んだ椅子の真ん中らへんに、その後ろ姿はすぐに見つかった。
僕は一つ咳払いをしてから、ゆっくりと羽衣さんに歩み寄る……。
二週間前、せっかく再会を果たした僕たちは、あの「サヨナラ」を機にまた離れ離れになりかけていた……。
でも、もう覚悟は決めた……。
(頼むぞ、エクスカリバウス――)
『…………』
僕は手元のヴァイオリンに心中で語りかけ、それから羽衣さんの肩を後ろからポンと叩いた――
「――大丈夫?」
羽衣さんはビクッと肩を上げる。
おそるおそる……といったカンジで僕を見ると、すぐに気まずそうに顔を背けた。
「あ……恚くん……、う……うん……」
再会する前よりもずっとずっと遠くなってしまった――そんな距離感だ。
でも僕は気にしない。
手元のヴァイオリンケースからエクスカリバウスを取り出し、羽衣さんに差し出した。
「――これ、どうぞ。弾いてみて」
そう言って彼女の手にあったヴァイオリンを引き取り、代わりにエクスカリバウスをその手に抱かせた。
羽衣さんは戸惑ったような顔になる。
「えっ……な、なに……っ? これ……恚くんのヴァイオリンじゃ……?」
「そう。自分で言うのもなんだけど、すごく良いヴァイオリンなんだ。これを弾けば審査員の印象も変わると思うよ。もちろん良いほうにね!」
でも羽衣さんは首を横に振る。
「だ、だけど……弾き慣れたヴァイオリンじゃないと……」
「いや、大丈夫。――僕を信じて。このヴァイオリンなら、きっと羽衣さんを合格させてくれるはずだから!」
「えっ……で、でも……」
羽衣さんは納得がいかない、といった顔でエクスカリバウスを抱えていた。
僕は半透明のウインドウに、彼女のステータスを透かして見る――
名前:和紗羽衣
レベル:14
TS:75113
AS:75182
MP:11
スキル:≪G乳上のアリア≫≪ボーイングLv.3≫≪アルペジオLv.3≫≪速いパッセージLv.2≫≪ポジションチェンジLv.3≫≪ビブラートLv.3≫≪トリルLv.2≫≪重音Lv.2≫
称号:≪ヴァイオリンの王≫
――"所有者のTS/ASが爆発的に上昇する"……。
そんなエクスカリバウスの効果は、やっぱり羽衣さんのそれにもちゃんと表れていた……。
まぁ元々の能力が低いせいなのか、それとも"選ばれし者"ではないからなのか、僕に比べて上げ幅は控えめな気がするけど……。
それでもTS/ASはともに7万台を超えて【ヴァイオリンの王】だ。
少なくとも、かつてグレード1"
(よし、これならいける――)
僕はそう確信した。
そしてエクスカリバウスを返そうとする羽衣さんに、こう伝えた。
「――大丈夫だって! これで練習通りに弾けば、絶対に大丈夫だから! 心配しないで! 絶対に、約束するよ! ……僕を信じて!」
羽衣さんはしばし躊躇うように僕を見つめたあと、小さく頷いた。
「……わ、わかった!」
やがてヴァイオリン科の受験生たちは、一人一人番号を呼ばれて小ホールへと吸い込まれてゆく……。
僕は、そっと受験生の列を離れた。
そしてふと見ると、ありすさん、マリさん、ラウナさん、そしてミーツェさんが、なぜか目から紅蓮の炎を燃え立たせていた……。
「「「「――ぐ、ぐぬぬぬぬぬぅぅぅっ…!?!?」」」」
……とにかくまぁこうして、羽衣さんの編入試験が始まったのだった。
それはもしかしたら、"僕の余命があと僅か"ということと同じことなのかもしれないけど――
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