第37話 羽衣さんは王立音楽学園に入りたい⑤ ~ありすさんはもうプンプン~
「……は、はぁっ!? ……あの"乳デカホルスタイン女"がっ!? グ、グレフェンまで追いかけてきたっていうの……っ!?」
翌朝、自動運転バスの車内に響き渡るありすさんの金切り声……。
僕は思わず耳をふさいでしまう……。
「い、いや、別に僕を追いかけてきたとかじゃないんです……! ただ、"王立音楽学園に入りたいからレッスンを"ってことで……」
でも僕が言い終わらないうちに、ありすさんはズイっと顔を近づけてきた。
「――そ、そんなのウソに決まってるじゃないっ!! あの乳デカ、アンタを追いかけてきたのよっ!! それに気づかないとか、アンタってどんだけお人好しなのよっ……!!」
「いや、でも……」
「大体リーゼ先生にレッスンを発注したのだって、どうせ"コネを作ってあわよくば"みたいなことでしょっ!! その女、最初からアンタをストーカーするつもりで王立音楽学園に来ようとしてるのよっ!! そんな女にダマされてんじゃないわよっ……!!!!」
朝から耳元で叫ばれて、耳がキーンとするなぁ……。
「と、とにかくっ……!! そんなレッスンなんかさっさと断りなさいっ……!! 大体リーゼ先生だって、なんでアンタに押しつけてんのよ……っ!!!!」
「えぇ、そりゃまぁ……」
……でも、今日も放課後、「羽衣さんの家に行く」って約束しちゃったんだよなぁ……。
僕が言い出せずにいると、前の席からラウナさんがひょいっと顔を出し、
「――そうですとも、救世主さま! そんな危ない女、さっさと切るべきです!」
すると今度は後ろの席からミーツェさんが、
「――大体救世主さまは、女を甘く見過ぎなのです! 魔物ですよ、魔物!」
さらには右隣からマリさんが、
「――救世主さま、ラウナとミーツェの言う通りです! ただでさえ痛々しい金髪ツイン娘にストーカーされてるというのに、これ以上変な女が救世主さまに引っ付くなんてことになったら……!」
トドメに左隣からありすさんが、
「――ハァっ!?!? 誰が痛々しい金髪ツイン娘よっ……!?!? ていうか"これ以上"って何よ、"これ以上"って……!?!? アンタたちがイチバン"変な女"でしょーがっ……!!!! いつまでこの男を追いかけ回してんのよぉぉぉぉぉっ……!!!!!」
車内にこだまする女子たちの争う声……。
はぁ……。周囲の視線が痛々しいな……。
とにかくまぁ、みんなの前で羽衣さんの話はしない方がよさそうだ、ってことはわかった……。
◇
「ねぇ、エクスカリバウス――」
昼休み。
僕は『G1-1』のクラスメイトたちから逃げるように、王立音楽学園の屋上のベンチに座っている。
先日の
あっちへ行ってもこっちへ行っても何故か女の子たちに追いかけ回され……。
それに最近じゃ男子にまで……。
もはや性別やグレードも関係なく、みんなが僕の一挙手一投足に注目している……そんな居心地の悪さだ。
まぁそれもグレード1"
(うーん……)
思わず伸びをする。
空は青く、吹き抜ける風は気持ちがいい――。
手すりの向こうには古い建物の屋根や、うっすらと霞んだ遠くの山の稜線まで見渡せた。
「なぁ、エクスカリバウスってば――」
『…………』
また膝の上に置いた黄金色のヴァイオリンに語りかける。
――エクスカリバウスは太陽の光を反射して沈黙するばかりだ。
僕は三度、その表板に向かって話しかける。
「――おいエクスカリバウスってば。どうして無視するんだよ? ……聞こえてるクセに」
『…………』
「――前は喋ってたじゃないか。"我が名はエクスカリバウス"とかってさ。君に相談があるんだ。まぁ相談っていうか……ほぼ頼み事なんだけどさ」
『…………』
エクスカリバウスはうんともすんとも言わない。
僕は半透明のウインドウに、そのステータスを透かして見た――
楽器名:エクスカリバウス
製作者:アントニオ・エクスカリ
ランク:SSS
【エクスカリバウス】……異世界帰りの
――僕は頷く。
(……所有者のTS/ASが爆発的に上昇、ね――)
やっぱりこれしかないよなぁ……と思った。
そして、エクスカリバウスのスクロールに軽くデコピンをしてみた。
「――おいエクスカリバウス、聞こえてるんだろう? 返事をしてくれよ? 僕は"選ばれし者"なんじゃなかったのか?」
『…………』
「――ふーん、無視するんだ。……じゃあ、もういいよ。またエクモナの町に引き返してさ、君を無理やり岩の中に閉じ込め――」
『……わっ、我が名はエクスカリバウスっ……!!』
急に返事をした。
……やっぱ聞こえてるじゃんっ!?
……ていうかなんで急に出てきたの、ねぇっ!?
「――お、やっと返事をしてくれたか、エクスカリバウス。……早速だけど、君に頼みがあるんだ。頼みっていうのは他でもない、"魔法のヴァイオリンの力を、僕の知り合いに貸したい"んだ。和紗羽衣っていう女の子なんだけど……」
だが耳の中に響くようなそのしわがれた声は、いつになく厳しい口調で言った。
『……ならぬ。エクスカリバウスは選ばれし者だけのヴァイオリン。誰かに譲渡することはおろか、返品することも、もちろんあの"クソ岩"に再び閉じ込めることも絶対できぬ!! 断じて許さぬっ……!!』
……"クソ岩"って何っ!?
……もしかして嫌だったの、あの岩に三百年間閉じ込められてたことっ!?
……ト、トラウマなのっ!?
「い、いや、別に譲渡するわけじゃないよ……。たった一日だけ……いや、編入試験の数時間だけ、羽衣さんのTSとASを上昇させたいんだ。そうすれば、羽衣さんは試験に合格できると思うし……」
だがエクスカリバウスは拒む。
『……ならぬ。エクスカリバウスはアントニオ・エクスカリによって魔法をかけられしヴァイオリン。もし汝がその強大な力を悪用しようとすれば、そこに書いてある通りのことが起こるであろう』
「そ、そこに書いてある通りのこと……って?」
『……よく読め。"世界秩序を狂わせる可能性大"と書いてあるであろう。汝は字が読めぬのか?』
「い、いや、読めるけど……」
僕は再びエクスカリバウスの説明欄に目をやる。
そこには確かにこう書いてある。
――あまりに強大な力ゆえ世界秩序を狂わせる可能性大。
いや、でもそう言われても……。
「せ、世界秩序を狂わせるって……つまりどういうこと?」
『……世界の秩序を狂わせる、ということであろう』
……そのままっ!?
……なんの説明にもなってないんですけどっ!?
だが僕がそうツッコむと、エクスカリバウスは言った。
『……意味はいかようにも取れるであろう。例えば、"汝にとって世界で一番大切なものが失われる"やもしれぬ』
……せ、世界で一番大切なものっ!?
……ぼ、僕にとって!?
「せ、世界で一番大切なものって……た、たとえば何? ま、まさか……"命"とか……っ?」
『……そうやもしれぬ』
「うげぇっ……!?」
……マジかよ。
……ただ"ヴァイオリンを他人に貸しただけで死ぬ"って……。
……もはや呪いのアイテムじゃん……。
(はぁ……。じゃあ、やっぱりダメかぁ……)
いくら羽衣さんを合格させてあげたいからって、さすがに自分の命まで差し出すわけには……。
そんなの、羽衣さんだってドン引きするだろうし……。
「――わ、わかったよ! 誰にも貸さないよ! 今の話は忘れてくれ! ……そのかわり、僕の命を奪うのは、やめてよっ!?」
『…………』
……ねぇ、なんでそこで黙るのっ!?
……ガチで怖いんですけどっ!?
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