第34話 羽衣さんは王立音楽学園に入りたい② ~リーゼ先生の依頼人~
「もう、リーゼ先生……。なんで僕に押しつけるんですか……」
平日の真っ昼間。本来なら教室で授業を受けているはずのこの時間に、僕は王立音楽学園の制服を着て王都を歩いている。
手にはヴァイオリンケースと、リーゼ先生から渡されたバイト代の1万ルソ。それに
(大体、学生に押しつけることじゃないだろ……)
僕はため息をついた。
――事のいきさつはこうだ。
今日の午前中、僕はリーゼ先生の個人レッスンの予約を取っていた。
ところがレッスン室に向かうと、リーゼ先生からいきなりこう言われたのだ。
「――ケイ君、あなたに教えられることなんか何もないわ。いい加減にしてちょうだい。予約なんか入れられても困るのよ」
……えっ、何ですかその職務放棄っ?
……普通に教えてほしいこといっぱいあるんですけどっ?
だが僕が困惑していると、リーゼ先生はこう続けた。
「――ケイ君はこの学園の
「椅子に座ってればって……」
……それってつまり、"何もするな"ってことじゃないですか?
……嫌ですよ、ただでさえ『G1-1』は女の子ばかりで肩身の狭い思いをしているのに……。
僕がそう答えると、リーゼ先生は面倒くさそうにため息をつき、ふと胸の谷間から何かを取り出したのだ。
――それが、例の
「――わかったわよ。そんなに暇ならさ、これ行ってきてよ。私の代わりに」
「な、なんですかこれ?」
「――案件よ、案件。こういう仕事をしてるとさ、『レッスンをしてほしい』とか、『パーティーで弾いてほしい』とか、いろいろあるのよ。まあ副業、バイトってとこ」
「バイトって……副業なんかして大丈夫なんですか?」
「――当然よ。大体さ、学園の給料なんか微々たるものよ。こんなの単発の案件の方が稼げちゃうからね。バカらしいと思わない?」
「はぁ……」
……まぁアメリカの教員なんか大半が副業してるっていうし、日本の感覚とは違うのかもしれないけど……。
「――だからほら、ケイ君、あなた私の代わりに行ってきてよ。もう何も教えることもない"学園の王"なんだからさ。暇なんでしょ?」
「暇ですけど……僕まだ学生ですよ?」
「――いいじゃない、報酬として1万ルソ分けてあげるから。学生こそバイトが必要でしょ? それにケイ君、お金ないんじゃないの? いっつもアリスにおごってもらってない?」
「そ、それは、まぁ……」
――図星だ。
「――そろそろあなたは『ヴァイオリンでお金を稼ぐ』ってことを覚えた方がいいわ。それも将来のためだから。――わかったわね?」
「う、うぐっ……!」
――とまあこんなカンジで、僕はリーゼ先生が抱えていた"学園外でのレッスンの案件"を、半ば無理やり押しつけられたのだ。
僕は王都の路地を曲がりながらため息をつく。
「やれやれ……。で、なんだって――?」
歩きながらリーゼ先生の香水の匂いがするメールのコピーを開いた。
そこにはこう書かれていた――
リーゼ・ランズベリー先生へ
レッスンの件、承知しました。
こんなことを言うのもなんですが、私にはもう時間がありません。
これまで日本でタレント活動をしてきましたが、とあるヴァイオリニストに憧れを抱き、幼い頃から好きだった音楽の道に進みたい気持ちが強くなりました。
すでに事務所も辞め、退路を断ってグレフェンに来ました。
どうしても王立音楽学園でヴァイオリンを学びたいんです。
でもヴァイオリン歴が浅く、次の編入試験に間に合うかどうか不安です……。
今年17歳なので、編入試験を受けるのは最初で最後のチャンスかもしれません。
どうしても受かりたいんです!
どうしても王立音楽学園に入りたいんです!
もう時間がありません!
ランズベリー先生、どうかご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!
僕はメールを読みながら、なんだか深刻なものを感じ取ってしまった。
「――もう時間がありません、か……。やけに切実な内容だなぁ……」
まぁリーゼ先生に依頼してくるぐらいだから、よっぽど王立音楽学園に入りたいんだろうけどさ……。
学園外のレッスンなんて、高額な報酬が必要だろうし……。
もしかしたら、"コネづくり"みたいな狙いもあるのかもしれないけど……。
(それに、
なるほど、だからリーゼ先生は僕に押しつけてきたのかもしれないなぁ……。
いや、でも――
("事務所をやめてグレフェンに来た"って、並大抵の覚悟じゃないよな……)
その"憧れのヴァイオリニスト"が誰だか知らないけど、よっぽど感化されたんだろうか?
それはまぁ、わからなくもないけど。
(でもさ――)
――正直、大博打だな、と思ってしまう。
もちろん世の中には「何の実績もなしに単身ブラジルに乗り込んでサッカー選手になった人」とか、「着の身着のまま海外へ飛び出して歌手になった人」とかもいるのはわかってる。
最近は芸能人が事務所をやめて、何か新しいことにチャレンジすることも昔よりは増えたのだろう。
でも……王立音楽学園は"普通の学校じゃない"。
世界中からエリートが集まってくる、"過酷な競争社会"だ。
グレード6"
「"ヴァイオリン歴はまだ浅い"って……。まぁ僕は編入試験を受けてないからエラそうなことは言えないけど、それにしてもかなりのハンデだと思うな……」
――しかも、僕にはステータスが見えてしまう。
もしその人の能力を見て、「これじゃ王立音楽学園じゃやってけない」と思った場合、ちゃんと伝えた方がいいんだろうか?
「――あなたには無理です」
とか。
「――音楽を舐めないでください」
とか。
少し考えて、僕は首を横に振った。
「……いや、無理だよ、そんなこと。言えないよ。大体僕だって、"女神様からスキルを授かっただけ"なんだからさ……。レッスンしてくれって言われてもなぁ……」
などと考えているうちに、僕はようやく待ち合わせ場所の喫茶店を見つけた。
そして、ドアに手をかける――
その先に、何が待ち受けているとも知らずに。
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