第28話 いらない子は学内カーストを駆け上がる⑦ ~選ばれし者、引き抜く者~

『選ばれしヴァイオリニストよ……。さあ来い……』



 その声に導かれるようにして、気づけば僕は薄暗い教会に足を踏み入れていた……。

 月明かりに照らされた十字架……。その奥に、鎖で囲まれた巨大な岩が鎮座している……。

 岩に突き刺さったヴァイオリン――【聖琴エクスカリバウス】だ……。


(う、うわぁ……っ!)


 僕はさっきのマリさんの話を耳に思い出した。――三百年間、誰も引き抜くことができなかった『伝説のヴァイオリン』だ……。


「す、すごいなぁ……! 伝説の真偽はともかくとしても……」


 ……その神々しい姿は"パワースポット"として崇められるだけのことはある――そう思った。

 僕は思わず手を合わせてしまう。


(今度のグレニアールで勝てますように……と)


 つい神社に参拝するような気持ちでそうお願いしてしまった。


(よし、帰るか――)


 そうして振り返った、その時だった――



『――いやいやいやいやっ……、引き抜かないんかーいっ……!?!?』



 急に背後からしわがれた声が聞こえ、僕はビクッとして振り返った。

 ……誰もいない。……まただ。

 

「……だ、誰なのっ!? ……さっきから!? ……だ、誰っ!?」


 どこからか人の声がするのだけど、"声の主"と思しき人影はどこにも見当たらないのだ……。

 目の前にあるのはただ、岩に突き刺さった"エクスカリバウス"だけ……。


(ひ、引き抜けって……。ま、まさかな……?)


 まさかとは思うけど……。

 ちょっと……試してみるか……? 

 やはり見えない力に導かれていたんだと思う。


 僕は岩に近づき、その岩肌から顔を覗かせているヴァイオリンのスクロール部分に手をかけ、ちょっと引っぱってみた……。


(どうせ抜けるわけないんだからさ……)


 そう思い、大して力も入れずに手前に引いた、その瞬間――



 ――グゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!!!!!!!



 突然地鳴りのような音とともに岩に亀裂が入り、ヴァイオリンのネックがゆっくりと吐き出されてくるではないか……っ!?

 ……僕は焦った。


(――や、やばい……っ!? ぬ、抜けちゃうよコレ……っ!?!?)


 慌ててヴァイオリンを岩の中に押し戻そうとしたけど、そんな僕の意志なんかお構いなしにヴァイオリンは自分から外に這い出してくる……。

 やがてその指板が……ボディが……そしてf字孔が……ゆっくりと姿を現した……。


(……う、嘘だろ……っ!? ぬ、抜けちゃったよ……っ!? ど、どうしようっ……!?!?)


 僕の手の中で煌々とした光を放つヴァイオリン――。

 さっきまで薄暗かった教会の中は、まるで黄金色に輝くヴァイオリンに照らされたかのように明るく光っていた……。

 僕が困惑していると、また声が聞こえた。



『――よくぞ引き抜いた、選ばれし者よ。女神に祝福されしヴァイオリニストよ。我が名は聖琴エクスカリバウス。汝に力を与えん』



「だ、誰……っ!?!?」


 僕は声のする方に目を向けた――

 声のする方――つまり自分の手にある黄金色のヴァイオリンへ……。

 ま、まさかこの声――


「――エ、エクスカリバウス……っ!?」



『――然もあらん。我が名は聖琴エクスカリバウス。三百年の眠りを経てよみがえった魔法のヴァイオリンぞ。汝よ、ステータスを確認してみるがよい』



「……ス、ステータスって!?」


 ……なぜそれを知ってるんだっ!?

 ……どうして僕にステータスが見えるって知ってるんだっ!?


 僕は正体を見破られた泥棒みたいな恥ずかしい気持ちになる。

 そして唖然としながら半透明のウインドウに目をやると、そこにはこう書かれていた――



『――楽器【エクスカリバウス】を獲得しました。称号【選ばれし者】を獲得しました。』



 楽器名:エクスカリバウス

 製作者:アントニオ・エクスカリ

 ランク:SSS


【エクスカリバウス】……異世界帰りの弦楽器製作者リュータイオ、アントニオ・エクスカリによる魔法のヴァイオリン。所有者のTS/ASが爆発的に上昇するが、あまりに強大な力ゆえ世界秩序を狂わせる可能性大。返品不可。



「……い、いや、ちょっと待って!? 最後の一文なにっ!? なに『世界秩序を狂わせる可能性大』って……!? なに『返品不可』って……!? なんか嫌な予感しかしないんですけども……っ!?」


 そしてステータスに目を向けると――



 名前:鹿苑寺恚

 レベル:1

 TS:998979969

 AS:987959799

 MP:214

 スキル:≪自動成長≫≪らくらくヴァイオリン≫≪悪魔と契約≫≪神童≫≪ドンファン・リサイタル≫≪天穹のスタッカート・ヴォラン≫≪永劫のスル・ポンティチェロ≫≪バイオリンガル≫……他

 称号:≪選ばれし者≫



 ――ま、まさかの億超えっ……!? もはやよくわからないんですけども……っ!?

 困惑していると、しわがれた声――エクスカリバウスが言った。



『――さあ行け、選ばれし者よ。我を引き抜きし瞬間から、汝の覇道は始まっておる。汝は必ずや遍く天下を手に治め、この世界の王となるであろう!!』



 ……こ、この世界の王っ!?

 ……ぼ、僕がですかっ!?



『――さあ行け、選ばれし者よ!!』



 そんなカンジで騒いでいると、ふと背後で教会の扉の開く音がした――。

 見れば松明を手にした神父と――おそらく僕を探しに来たんだろう――マリさん、ラウナさん、そしてミーツェさんが、呆然とその場に立ち尽くしている……。


「おお神よ……」


 神父は燦然と輝くエクスカリバウスに目を細め、そしてこう言った。


「ついにこの日が来てしまったのですね……神よ……。三百年間、誰も引き抜けなかったエクスカリバウスが……。ついに"選ばれし者"の手によって引き抜かれる日が……」


 僕は現場を押さえられた下着泥棒みたいな気持ちになり、慌ててエクスカリバウスを神父に差し出す。


「……い、いやっ、違うんです!!!! ……こっ、これは事故なんです!!!! ……おっ、お返ししますからっ!!!!」


 だが神父は首を横に振り、そして突然十字を切って、その場に跪くではないか……。


「――選ばれし者よ。貴公がそれを引き抜いたということは、貴公が"エクスカリバウスに選ばれた勇者である"ということ……。どうかお持ちください……」

「ゆ、勇者……っ!?!?」


 ……"勇者"って何!?!?

 ……なんで跪いてるの、ねぇ!?!?


「――どうかお納めください。教会はエクスカリバウスを手にした貴公の行く末を、ただただ見守らせていただきとうございます……」


 すると神父に触発されたのか、マリさん、ラウナさん、そしてミーツェさんまで、その場に頭を下げてひれ伏し始めたではないか……。


「――救世主さまっ、救世主さまのような御方と出会えて光栄です! その強大な御力で私たち"ムーガ"をお救いくださいませ! そのエクスカリバウスとともにっ……!」


 ……いや、だからなんで跪いてるの!?!?

 ……水戸黄門じゃないんだからさっ!?!?


「――い、いやちょっと……!!!! みなさん、顔を上げてくださいよ……っ!?!?」


 こうして翌朝には"エクスカリバウスが引き抜かれた"という衝撃的なニュースが全世界を駆け回ったことは言うまでもない……。


 教会は"個人情報保護の観点"から僕の身元を秘匿してくれたけど、合宿の間ずっと「いつバレるか」と気が気じゃなかった……。





 ――そして一週間はあっという間に過ぎ去った。


「――さ、救世主さま、行きますよっ♪」


 運転席で陽気にハンドルを握るマリさん……。

 近鉄の帽子を被った僕は、ここへ来た時と同じように、ラウナさんとミーツェさんに挟まれて後部座席に座る……。


(ここへ来た時と違うことといえば、膝の上にエクスカリバウスが乗っかってる、ってことくらいかなぁ……?)


 結局、合宿の成果はよくわからなかったしな……。

 そんなことを考えながらボーっと窓の外を眺めていると、マリさんが言った。


「――さ、救世主さま、伝説の始まりですよっ! まずはヤン・ハイフェルドをボコボコにしてやりましょうっ!!」


 ボコボコねぇ……。

 できればいいけど……。


「――いざ、グレニアールへ!! 出発、進行ォ~♪」


 だがオンボロのミニバンは山を下り始めてすぐ、エンストを起こして停車した……。

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