第29話 いらない子は学内カーストを駆け上がる⑧ ~グレニアールの大観衆~

 人、人、人……。

 どこを見渡しても人の山だ……。

 マリさんの運転するミニバンが王立音楽学園前に停まると、そこはいつもとはまるで違う風景が広がっていた……。

 僕は思わず口をあんぐりと開けてしまう。


(す、すごい人だ……。アイドルのコンサートでも始まるのかな……っ?)


 本当は午前中のうちに王都に帰ってくるはずだったのに、途中何度もエンストしたせいで、すでに学内演奏会グレニアールは始まっているみたいだった……。


 正面玄関ファサードの向こうに特設ステージの骨組みらしきものが見えるけど、あまりの盛況ぶりにステージの上までは見通せない――。


 ざっと数えても1万人……いや3万人……いや、もっとかな……?

 とにかく大勢のお客さんで埋め尽くされている。

 僕が見惚れていると、マリさんが言う。


「――救世主さま、何を驚いておられるのです? グレニアールの会場は毎年こんな感じですよ。むしろこれからトリが近づくにつれてますます盛り上がります!」


 トリ……。

 つまりグレード1"獅子レオーネ"や、各グレードのワイルドカードがステージに上がる頃だろうか?


(それって、僕の出番の頃じゃないか……)


 急に湧き上がってきた緊張感に押しつぶされそうになっていると、客席から地鳴りのような大歓声が聞こえてきた。



「「「――うおおおおおおおおおっ!!!!!」」」



 そして耳やかましいマイクパフォーマンスまで。



『――お聞きください、この歓声っ!! 勝敗は誰の目……いや、耳にも明らかでしょうっ!! ただ今の勝負……"ルーヴォ"ピアノ科、ダト・ブローベルの勝利ですっ!!!!!』


「「「――うおおおおおおおおおっ!!!!!」」」



 地鳴りのような……というよりほとんど地震だ。

 地震計を設置したら、たぶん震度5強くらいは観測するんじゃないかなぁ?


(す、すごいなぁ……。ああやって勝敗が決まるのか……)


 勝敗を決する観客の声と迫力に圧倒されていると、マリさんが舌打ちする。


「……くっ。どうやら敗れたのは"ムーガ"ピアノ科のキュリエ・ランメルツのようですね……。"牛狩り祭"だなどと、ふざけたことを……っ!!」


 へ、へぇ、そうなんだ……。

 じゃあ負けた"ムーガ"のピアニストさんは、"マヤーレ"に降格しちゃうかもしれないってことかな……?

 なんか残酷だな……。公開処刑みたいだ……。


「……ええいっ、こうしてはおられません! 救世主さまっ、控室に急ぎましょう! 救世主さまの出場予定時刻は、15時半予定ですっ!!」


 じゅ、15時半って……もう三十分切ってるじゃないですか……。

 まだ調弦も何もしてないのに……。

 

「さ、行きますよ、救世主さまっ!!」


 ――。

 


 校舎内も、いつもとは比べ物にならないほどの人出だった。

 僕はマリさんの後をついて廊下を歩く。

 すると――


「――ちょっとアンタ、どこほっつき歩いてたのよっ!!!! この浮気者ぉぉぉっ~!!!!」

「い、いてっ……!?!?」


 急にドロップキックをかまされ、僕は廊下に倒れ込んだ。

 驚いて振り返ると、そこに仁王立ちしていたのは――

 ――真っ赤なドレスに身を包んだ、ありすさんだった……。


「……あっ、おひさしぶりです!」

「"おひさしぶりです"、じゃないわよっ!!!! 一週間もどこで何してたのよっ!!!!」

「いや……ですから"ムーガ"生徒会の合宿で……って、いてっ……!?!?」


 今度はお尻を蹴られ、僕は思わず仰け反った。


「――ハァ……ハァ……ハァ……。あぁ、これでちょっとはスッキリしたわ……。……ったく、せっかく私の晴れ舞台を見せてやろうと思ったのに、遅刻してんじゃないわよっ!!」

「私の晴れ舞台……?」


 ……一体なんのことだろう? 

 そう思いながらありすさんの顔を見上げた時、違和感に気づいた。

 

(あれ? 頭の上になんか葉っぱみたいなものが乗っかってるぞ……?)


「それ、なんですか……?」

「なんですかって、"グレニアールの勝者に送られるオリーブの冠"でしょ!! 何よアンタ、ワイルドカードに選ばれたクセに、そんなことも知らないのっ!?」

「えっ、じゃあ――」


 ――そう、ありすさんはどうやら僕が合宿に行っている間に自らエントリーし、さっき初めてのステージを終えたところらしい。

 

「お、おめでとうございます!」

「ふふん、まあね!! 余裕だったわ!! アタシほどの才能の持ち主なら、まあ勝って当然だけどさ!!」


 ドヤ顔で胸をグイっと張るありすさん。

 すごいなぁ……初めてのグレニアールでいきなり勝利か……。


(でも、相手はどのグレードを指名したんだろう? "オーゾ"かな? それとも"リノーシェ"かな?)


 そう思い、僕が対戦相手のグレードをたずねると……

 ……何故か顔を赤らめるありすさん。


「……いや、えっと、あの、その……まあ、なんていうか――」

「――なんていうか?」

「……し、指名したのは……"ムーガ"だけど……」

「"ムーガ"? ……"ルーヴォ"のありすさんから見たら格下じゃないですか? 格下と戦ったんですか? ……って、いてっ!?」

「う、うっさいわね!! べ、別に上位にビビったわけじゃないわよっ!! と、とりあえず初戦だから、こんなもんにしといてやったのよ……、わざとね……っ!!!!」

「い、いて……っ!? な、なんで蹴るんですかっ……!?」


 ありすさんとやり合っていると、背後でマリさんが舌打ちした。


「……くっ、どいつもこいつも"牛狩り祭"だなどとっ!!!! ――ほら救世主さま、はやく行きますよっ……!!!!」


 だがマリさんに腕を掴まれ歩き出した途端、今度は反対側からありすさんに腕を引っ張られた……。


「――ちょっとアンタ、何よその女っ!?!? 何よ"救世主さま"って……!?!?」

「いや、あの、それは……色々ありましてですね……」

「――救世主さま、ほら早く行きますよ!!!! そんな痛々しい金髪ツイン女なんかほっといて!!!!」

「――ハァっ!?!? ……何よアンタ、"ムーガ"のクセにっ!?!? ……がるるるるっ!!!!」


 いや、ちょっと二人とも……。

 こうしてマリさんとありすさんのいざこざに巻き込まれてしまった僕は、本番五分前にようやく楽屋入りすることが出来たのだった……。

 はぁ……。

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