第27話 いらない子は学内カーストを駆け上がる⑥ ~卓球、温泉、枕投げ。そして……~

(――ちょっとアンタ、今どこにいんのよっっっ!?!?)


 電話の向こうから聞こえてくるありすさんの金切り声。

 近鉄の帽子に浴衣、それに卓球ラケットを右手に持った僕は、思わず肩をビクッとさせる。

 卓球台の陰に隠れ、小声で言い訳した。


「……い、いや、ですから、"エクモナ"っていう町の旅館に……。生徒会の強化合宿で連れて来られまして……」

(――はぁっ!? なんでヴァイオリンの合宿で旅館なんか行く必要があるのよっ!?)

「し、知りませんよ……。僕だってさっき着いたばっかりなんですから……」


 ……約三百キロの道のりを半日ほどかけてやってきて、やっと着いたと思ったら、いきなり渡されたのがこの卓球ラケットと浴衣だった……。


 なんの冗談かと思ったら、早速"強化合宿スタート"ということらしい……。

 ちなみにこの旅館、元は西洋式のホテルだったそうだが、オーナーが日本の旅館文化に感化されてジャパニーズスタイルになったそうだ……。


「……まぁそんなわけで、明日からグレニアールまでは休むことになると思いますので……」


 そう言うと、電話口のありすさんの声がますますヒートアップする。


(――ぐっ、ぐぬぬぬっ……!!? アタシが腹痛で休んでるスキに……さては浮気ねっ……!?!?)

「……うきわ? ……あぁ浮き輪なら、副会長のミーツェさんが――」

(――と、とにかくっ!!! お、おぼえときなさいっ!!!! 帰ったらボコボコにしてやるからっ……!!!!)


 そう叫んだっきり、電話は一方的に切れてしまった……。

 蹴られてもないのにすねがズキズキ痛むのは、気のせいかな……?


(……なんだよもう、よくわからない人だなぁ……。……はぁ)


 ため息をつきながらスマホを眺めていると、卓球台の向こうで生徒会長のマリさんが言った。


「――ほら救世主さまっ、休んでないで早く13セット目やりますよ!」

「じゅ、13セット目って……」


 いつまで続くんだよ、この卓球……。

 大体"グレニアールに向けた強化合宿"と何の関係があるのやら……。 


「――ほら、ダメですよ救世主さま! グレニアールはわずか数分で勝負が決まる厳しい世界! それゆえ集中力を最大限まで強化しないと!」


 ……集中力なら他にいくらでも鍛える方法ないですかっ!?

 ……なんでわざわざ三百キロ離れた山奥まで来て、卓球なんですっ!?


「――ほら、行きますよ救世主さまぁ~♡」

「――ほら、救世主さま~チョレ~イ~♡」


 サーブを繰り出すラウナさんとミーツェさん……。

 僕のラケットはピンポン玉のはるか上を空振りする……。


 そんなカンジで運動の苦手な僕が1セットも取れずに負けまくったことは、まぁ言うまでもない……。



「――さ、汗をかいたら次は温泉です、救世主さまっ!」


 言いながら僕の腕を引っぱって廊下を突き進むマリさん。

 そうしてたどり着いた場所は……旅館に併設された露天風呂。


 促されるまま腰にタオルを巻きつけ、脱衣所を出ると……バスタオルをまとったラウナさんとミーツェさんがすでにお湯の中にいた……。


「――救世主さまぁ、早くぅ~♡」

「――早くしないと、風邪引いちゃいますよぉ~♡」


 ……おいおい、この状況で入るのかよっ!?

 ……ていうかなんで混浴っ!?!?

 混乱していると、マリさんが脱衣所から出てきた。


「――さあ救世主さま、体が冷えないうちに入りましょう!」

「いや、でも……」

「――あ~気持ちいい~♡ ……ほら、救世主さまも早くこっちに来てくださいな?」


 いやっ、だからっ、これのどこが強化合宿なんですかっ……?

 ただ卓球して温泉入っただけですよねっ……!?

 僕がそう言うと、マリさんはムッと眉をひそめる。


「――何を言っておられるのです、救世主さまっ! グレニアールは一発勝負! 緊張して凝り固まった肉体をリラックスさせ、コンディションを整えるのも強化合宿の目的ですっ!」


 いやむしろ、ますます緊張して変なところが凝り固まっちゃうんですけど……。


(仕方ない……)


 渋々お湯の中に片足を入れると、スーッと泳ぎながら近づいてくるラウナさんとミーツェさん……。


「――お背中お流ししますね、救世主さま♡」

「――一緒に洗いっこしましょ、救世主さま♡」


 ラウナさんとミーツェさんに体を密着させられ、僕の日本刀が暴走してしまったことは言うまでもない……。



 風呂から出て部屋に戻ると、畳の上に布団が四組並べられていた。


(よかった、やっと寝れる……)


 長旅の疲れを癒す間もなく、意味不明な卓球トレーニングと女の子たちとの混浴風呂……。

 疲労に加えてストレスやら変な緊張感やらで、もうクタクタだ……。

 目を閉じたらすぐにでもイビキをかいて寝てしまえそうだ……。


(初日でこれとか先が思いやられるなぁ……。それに女の子三人と同じ部屋で寝るっていうのも、不安しかないし……)


 でも来ちゃったもんはしょうがないしな……。

 今夜はぐっすり寝て、また明日だ……。

 そう開き直り、布団に寝そべった、その時だった――。


「――お楽しみはこれからですよ、救世主さま♡」


 マリさんがニヤリと笑って言った。


(――ぐっ……嫌な予感しかしない……っ!?)


 案の定、まるでその声を合図にしたかのように左右から何かが飛んできた。

 ――い、いてっ……!?


 謎の物体が僕の顔面にヒットして畳の上に転がってゆく。

 よく見るとその物体とは……枕だった。


「――あ~、当たったぁ♡」

「――枕投げ合戦~、スタートぉ♡」


 どこから用意してきたのか、大量の枕のストックを抱えてはしゃぎまくるラウナさんとミーツェさん、それにマリさんまで……。


 おいおい、ウソだろ……? ここからさらにひと騒ぎするのかよ……。

 僕が前後左右から集中砲火を浴びまくり、いてもたってもいられずに部屋の外に逃げ出したことは言うまでもない……。



(はぁ……何してるんだろ……)


 旅館の外のベンチに座り、夜空を見上げる。

 さすがに山奥の町というだけあって、何もかもが真っ暗だ……。

 目を閉じなくても、このまま眠ってしまえそうだな……。


(今夜は、ここで寝よっかな……?)


 そんなことを考えながら、ふとまぶたに思い出す。

 そういえばあの夜も、こんなふうに真っ暗だったっけ……。

 もう大昔のことのように思えるけど……。


(あの日……文秋砲を喰らって……)


 全日本ヴァイオリンコンクールで優勝したあの日だ。

 羽衣さんの部屋から帰宅したところで文秋砲を喰らい、家を追い出されて……。


 雨の中、行く当てもなく歩き回った河川敷……。

 あの時の漆黒の川面も、こんなふうに吸い込まれるような暗さだったっけ……。


「思えばずいぶん遠くまで来たもんだなぁ……。みんな今頃、どうしてるんだろう?」


 ……父さんはどうしてるんだろう?

 ……羽衣さんはどうしてるんだろう?

 ……義母や、兄たちは?

 みんな今頃、どうしているんだろうか……?


(ま、いっか――)


 とりとめもなく考えながらベンチに横になろうとした、その時だった――



『……選ばれしヴァイオリニストよ。神にも等しきヴァイオリニストよ――』



 ――しわがれた声が聞こえた。

 漆黒の闇の中から……。

 僕は思わず飛び起きる。


(――な、なんだ、今の声っ……? どっから聞こえたっ……? 空耳かっ……?)


 だが――



『……選ばれしヴァイオリニストよ。女神に力を授けられしヴァイオリニストよ。こっちへ来い――』



 ――また聞こえた……。

 今度はハッキリと……。

 暗闇に目を凝らすと、古ぼけた道案内板に、



【聖琴エクスカリバウス ⇒ この先100m】



 と書かれていた……。

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