第26話 いらない子は学内カーストを駆け上がる⑤ ~エクスカリバウスの伝説~

「――よし、出発進行ォっ♪」


 生徒会長のマリさんの陽気なかけ声で、オンボロ車はガタゴトと動き出す……。

 窓ガラスがガムテープで補強してあるミニバンだ……。

 近鉄の帽子を被った僕は、後部座席で震えていた……。

 

(……いや、ていうかちょっと待ってください、マリさんが運転するんですかっ……!?)


 同世代だと思うんですけど……免許は……っ!?

 いやそもそも、マリさんのあだ名、"猛牛"じゃなかったでしたっけ……!?


("猛牛"が運転するバンって……)


 不安になりながら、近鉄の帽子に制服姿の僕は両隣に目をやる。

 ――麦わら帽子にワンピース姿のラウナさん。


 ――同じく麦わら帽子にワンピース姿のミーツェさん。

 えっと……両肩から見えてるその紐は……水着ですか?


 あの……これ"強化合宿"ですよね……? 海に遊びに行くわけじゃないですよね……っ?

 呆れていると、ラウナさんとミーツェさんが声を揃える。


「――ほら、見てください救世主さまっ! 花火を買ってきたんですぅ♡」

「――ほら、救世主さまっ! 浮き輪にビーチボールにぃ……♡」

「――こらミーツェ、まだ浮き輪ふくらましちゃダメでしょっ! 出発したばっかりよ!」

「――えーだってぇ~♡」


 マリさんとラウナさんとミーツェさんのはしゃぎっぷりを見て、僕は出発直後からすでに帰りたい……。


(ハァ……)


 思わずため息が洩れてしまった……。

 まぁかくいう僕も"ドラフト指名された高校生"みたいな出で立ちだから、あんまりエラそうなことは言えないけどさ……。


(やれやれ、どうなることやら……)



 ◇



 オンボロのミニバンは途中何度かエンストしたり脱輪したりしながら、何とか半日かけて"エクモナの町"に近づいていった。


 僕は知らなかったのだけど、"エクモナの町"は山の上にあるらしい……。

 そうして山道に差し掛かると、ガムテープで留められた窓の向こうに、妙な光景が見えてきた……。


(――ん? なんだあれ……?)


 見れば鬱蒼と生い茂る周囲の木々は鎖で繋がれ、あちこちに十字架が突き刺してある……。

 まるでホラー映画にでも出てきそうな、おどろおどろしい光景だ……。

 僕はつい声に出してしまう。


「――な、なんですか……あれ?」


 さっきからうつらうつらと居眠りをしてはラウナさんとミーツェさんに揺り起こされていたマリさんは、欠伸をしながら言った。


「――何って、"結界"ですよ、救世主さま」

「……け、結界っ!?」


 急に飛び出してきた物騒な単語に、僕は思わず前のめりになってしまう。

 だがマリさんはさも当たり前といった顔でこう続けた。


「――今から約三百年前、魔王軍が異世界のゲートを突き破ってこちらの世界に侵攻してきた時の、いわば戦跡のようなものです」


 ……魔王軍? ……異世界?

 ……長時間の運転で寝ぼけているのだろうか?

 ……それとも何かの冗談で、この後にオチが控えているのかな?

 僕は判断に困り、話のオチを待った。


「…………」

「…………」


 でもマリさんはそれっきり何も言わない。

 まるで"今の話がすべてだ"と言わんばかりに、ただ真顔でハンドルを握っている。

 僕はちょっと怖くなった……。


(僕が無知なのか、それともマリさんの頭がおかしいのか……?)


 そう思いながら両隣のラウナさんとミーツェさんを交互に見ると、二人ともニコッと微笑み、「それがどうかしましたか?」と言わんばかりの顔で僕を見てくる。

 僕はますます怖くなった……。


(え……もしかして知らないの……僕だけ?)


 "みんなが知っていることを自分だけが知らない"、というのは恐ろしい……。

 つい顔が引き攣っていたのだろう。


 そんな空気を察したのか、マリさんがハンドルを握りながら説明してくれた……。

 ――今から約三百年前、このエクモナの町で起こった血生臭い事件と、"魔法のヴァイオリンの伝説"の話を……。


「――三百年も昔、まだ中世の名残を引きずっていたエクモナの地は、王家の所領としていみじくも安寧の日々を送っていました。ところがある日、異世界のゲートを突き破って侵攻してきた魔王軍と交戦状態になり、血みどろの戦場と化したのです――」


 ――ち、血みどろの戦場……っ!?


「王家は軍隊を動員して対抗しようとしましたが、まるで歯が立ちません。それもそのはず、相手は魔物ですから。そうして多くの命が失われました。この地で工房を開いていたエクスカリ親子も、犠牲者の一人です」


 ――エ、エクスカリ親子……?


「――エクスカリ親子は有能な"弦楽器製作者リュータイオ"でした。特に父のアントニオ・エクスカリは、"グレフェン一の名工"と謳われたほどです」

「は、はぁ……」


 でもその話と、魔王軍がどうとかいう話と、どう関係があるんだろう……?

 僕が眉をひそめていると、マリさんは頷いた。


「ここから先は伝説ですから、目撃者がいるわけでも証拠があるわけでもありません。ただ一つ、事実だけを端的に述べると――エクスカリ親子は蘇りました」

「よ、よみがえった……!?」


 な、何それ……っ!?

 "キリスト復活"みたいな……っ!?


「エクスカリ親子は周囲にこう漏らしていたそうです。『あの世で生と死を司る女神様と出会い、魔物たちを屈服させる【魔法の弦楽器制作】のスキルを授かったのだ』と。そして『女神様の命を受けて、魔法のヴァイオリンを作り、魔物たちを異世界に送り返すのだ。そのためにこの世に戻ってきたのだ』と……」


 ……なんだか『月刊ムー』の読者が好きそうな話だな……。

 でも"生と死を司る女神"って……。

 どこかで聞いたことあるような……?


「そうして復活したエクスカリ親子が、異世界から持ち帰ったスキルで作ったとされるヴァイオリン――それこそが【聖琴エクスカリバウス】です!」


 せ、聖琴エクスカリバウス……。

 名前からして、なんかすごそうだ……。


「――エクスカリバウスはエクスカリ親子によってその魂柱に魔法がかけられているとされ、"森羅万象を統べる楽器"と讃えられています。その音色は魔物すらも魅了し、黄金色に輝くボディを持ち、選ばれし勇者しか弾くことは出来ないと」


 それ絶対チートじゃん……。

 めちゃくちゃチートなやつじゃん、それ……。


「現にエクスカリバウスの音色を聴いた魔物たちは戦意を喪失して逃亡し、元の異世界へ逃げ帰ったとされています。……まあそんなわけでエクスカリバウスは"魔物からこの世界を守った聖なるヴァイオリン"として崇められ、魔物との戦いの後は教会によって岩に封印され、今日までこの地に鎮座しているというわけです」


 ……岩に封印って、岩に突き刺さってるってこと!? ……アーサー王の剣みたいに!?

 ヴァイオリンがっ……!?


(絶対、他に良い保存方法あると思うんですけどっ……!?)


「で、でもそんなすごいヴァイオリンを岩に突き刺したままほっといたら、誰かが盗んじゃったりしないんですか……?」


 だが僕がそう訊くと、マリさんは首を横に振った。

 そして笑った。


「――いいえ、救世主さま。【聖琴エクスカリバウス】は魔法のヴァイオリン。この三百年間、多くの人が引き抜こうと試みましたが、誰も引き抜くことが出来ませんでした。おそらく女神様に力を授かったエクスカリ親子以外には、誰にも操れないのでしょう。ですから盗まれる心配もありません」

「へ、へえ……」


 "女神様から力を授かった人にしか"、か……。

 やっぱりどこかで聞いたような話だけどな……。

 あんまり深く考えるのはやめとこう、うん……。


「まあそんなわけで救世主さま。"岩に突き刺さったエクスカリバウスの伝説"は世界中に流布し、その神秘的な姿から今日では"ある種のパワースポット"として音楽家の人気を博しているというわけです。ですからわれら"ムーガ"生徒会も毎年グレニアールの時期になるとこのエクモナで合宿を行い、その神秘的な力にあやかろうとしているわけです。さっきの結界も、その一環ですね」

「な、なるほど……!」


 ――そんなことを話しながらバスが小高い山を走り出して一時間も経つと、ようやく山頂にうっすらと町が見えてきた。

 ――"エクモナの町"だ。


(……いや、っていうか標高高くないっ!? 浮き輪とかビーチボールとかどこで使うのっ……!?)


 混乱する僕に、マリさんはニッコリと笑ってこう言った。


「――さ、着きましたよ、救世主さまっ♪」


 ……こうして"強化合宿"という名の意味不明な一週間が、幕を開けたのだった……。

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