第22話 いらない子は学内カーストを駆け上がる① ~演奏会の幕開け~
「か、火事……っ!?」
急に目に飛び込んできた異様な光景に、僕は思わず声を上げてしまった。
自動運転バスの窓の外に見える王立音楽学園の校舎……そのてっぺんから、禍々しい深紅の煙がもうもうと立ち昇っているではないか――。
(た、大変だ……っ!?)
僕は慌てて眠い目をこする。
昨夜は僕のヴァイオリンのせいで
ただ妙なことに、自動運転バスの車内はやけに静かだった……。
(あ、あれ……っ?)
数十人の乗客はみんな窓の向こうの深紅の煙に気づいているはずだけど、僕以外はまるで"いつものことだ"とでも言わんばかりに平然としている。
前に座っている僕と同じ"白地に
――一体、どういうことだろう?
(……もう、ありすさんは何でこんなときに限っていないんだよ)
僕はすっかり困惑しながら隣の席に目を向ける。……残念ながら、今日はそこに金髪ツインテールの姿はなかった。
(ム、ムリ……お、おなか痛くて動けないの……っ! きょ、今日は休ませてもらうわ……ウッ!?)
今朝、僕が本館二階のありすさんの部屋に迎えに行くと、幽鬼のようにゲッソリした彼女はドアの隙間から顔を出し、そう言うなりまたすぐに引っ込んでしまった……。
……どうやらお腹を壊してしまったらしい。
まぁ無理もない。昨日のあの怒涛の買い食いをそばで見ていた僕が言うんだから、間違いない。
――ミートパイにホットドッグにフライドポテトにアイスクリームに……。
よくそんなに食べれるよなぁ? と感心してしまったほどだ。
(――アタシの胃袋はアンタとは出来がちがうのよ……っ!)
とかなんとか得意げに言っていたけど、結局体は悲鳴を上げてしまったようだ。
まぁそんなワケで、ありすさんは今日はお休み。
僕は空席を一つ挟んだ、さらに隣の座席に目をやる。
(銅色の腕章……。あの人は"
そこに座っていたのは、眼鏡をかけた一見優しそうな"グレード3"の男子生徒だった。
前の席にいる女の子たちに訊くよりかは同性の方が気が楽だけどなぁ……。
ただ、一つ気がかりなのは……。
(上位グレードの人を見かけたら頭を下げなくちゃいけないって、クローデさんが言ってたよなぁ……?)
つまり"馴れ馴れしく話しかけてはいけない"ということだ。
グレード5"
……でも、どうしても気になる。――あの深紅の煙のことが。
それで僕は、目の前にいる"
「あ、あの――!」
僕が声をかけると、"
……昨日クローデさんに初めて会ったときと同じ動きだ。
顔と同じくらい
「……誰だ?」
僕は念のため上位グレードの彼に頭を下げる。
「突然すみません、ヴァイオリン科の鹿苑寺恚という者ですが……」
「……ケイ・ロクオンジ? ……留学生か?」
「はい、そうです!」
僕が頷くと、彼は何故か一瞬ニヤリと口元を歪め、「……そうか」と呟きながら眼鏡のブリッジを中指でグイっと押し上げた。
僕は窓の外を指差して訊いた。
「――あの、あれって、火事じゃないんですかっ……?」
「……火事?」
「だってほら、校舎から赤い煙が出てるじゃないですかっ……?」
だが僕がそう言うと、彼はまたニヤリと口元を歪め、「……それがどうかしたのか?」と呟きながら眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。……まるで何か喋るときはそこを押さなければならない、というルールでもあるみたいだ。
「……えっ、火事じゃないんですか? じゃあ、あの煙は何なんです?」
「……グレニアールの開幕を告げる煙さ。……それ以外に何がある?」
「グ、グレニアール……?」
僕が目を点にしていると、彼は教えてくれた。
――"グレニアール"とは"グレードの昇降格に関わる演奏会"のことで、開催が決まるとああやって深紅の発煙筒を焚いて生徒たちに周知するのが伝統なのだそうだ。
「へ、へぇ……そうなんですか……っ!」
僕はそれで思い出した。昨日クローデさんもそんなことを言ってたっけな……。学内演奏会がどうとか……。
(なるほど、じゃああの煙は火事じゃなかったんだ……よかった……!)
だが僕がホッとしていると、今度は彼の方から話しかけてくる。
「……グレニアールの開幕日は、深紅の煙が焚かれてから"七日後"だ」
「ははぁ、七日後、ですか……」
「……それまでに参加希望者はエントリーしなきゃダメだ」
「えっ、エントリー制なんですかっ……?」
僕は驚いた。"学内演奏会"というからてっきり全員参加なのかと思っていたけど、どうやら違うらしい。
……どうしてだろう?
僕が眉をひそめていると、彼はまたニヤリと口元を歪め、眼鏡のブリッジをグイっと押し上げる。
そしてこう続けた。
「……その様子じゃ、まだ一度も参加したことがないんだろう? ……簡単だから、気軽にエントリーしろよ。……何、別に難しいことはないさ。フフフ――」
「はい、そのつもりです! 僕、下から二番目の"
「……そう、その調子だ。……フフフ。"ケイ・ロクオンジ"か――」
そんなことを話しているうちに、自動運転バスは深紅の煙の立ち込める
そしてバスが停車すると、"
「……一週間後が楽しみだよ。……キサマが"無様な
突然人が変わったように声を荒げ、肩で風を切りながらバスを降りていったのだった……。
「……な、なんだあの人っ!?」
"無様な
――だが僕がその言葉の本当の意味を理解したのは、教室に着いてからのことだった……。
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