第21話 結婚を申し込まれた件③

 は……裸の……女性っ!?

 ……えっ、な、なんでっ……!?

 自分の部屋のドアを開けたところで、僕は思わず呆然と立ち尽くしてしまった……。


 何故なら一糸まとわぬ生まれたままの女性の姿が、僕のベッドの上に横たわっていたからだ……。


(だ、誰……っ!?)


 僕はサラダを持ったままフリーズしてしまう。

 ついさっきユリンさん……いやアルカナさんか? いやどっちでもいいけど、とにかく頭のおかしい銀髪メイド服の美少女に食堂で襲われ、彼女がまた御奉仕がどうのこうのと呟いているうちに、隙をついて逃げ出してきたところだった。


 逃げる途中で皿の上に積まれていた大量のトマトを廊下に落としてしまったけれど、それを拾う余裕すらもなく……。


 そうして肩で息をしながらようやく自室までたどり着いたところで――これだ。

 裸の女の人が、僕のベッドに寝ている……。


(……あ、あれっ? もしかして部屋、間違えちゃったのかな……?)


 そう思い、いったん廊下に出て部屋番号を確認してみるが……間違いない。

 ――ここは僕の部屋だ。


 じゃあ、なんで知らない女性が……!?

 頭の中にクエスチョンマークをいっぱい浮かべたまま再び室内に足を踏み入れ、恐る恐るベッドに近づいた、その時だった――。

 

「――ダーリンっ!!!!」

「ヒィィィィっ……!?!?」


 あろうことか突然、裸の女性が立ち上がり、豹のように飛びかかってきたのだった。

 僕は悲鳴を上げ逃げ出そうとしたけど、その前に口を手で塞がれ押し倒されてしまう……。


「ダーリン、もう逃がさないわっ!!」

(ダ、ダーリンって誰……っ!? むぐぅっ……!?)


 一体誰と間違えてるのか、と思ったが、それ以前にどこかで聞きおぼえがある声だと気づいた。


(こ……この声は……まさか……っ!?)


 僕が恐る恐る顔を覗き込むと、僕のお腹の上に乗っていたのは――

 ――やっぱり、ヴィオレッタさんだった……。婚約者に逃げられた、自称・僕の花嫁だ……。


(なっ、なんでいつもこの順番パターンで現れるんだよ、この人たちは……っ!?)


 全裸のヴィオレッタさんにマウントポジションを取られた僕が絶望していると、彼女は、


「さぁダーリン、今夜はブライダルナイトよ♡」


 と不気味に微笑む。

 ブ、ブライダル、ナイト……?


「あら、知らないの? グレフェンでは結婚から一週間後の夜に夫婦が初めてベッドを共にするのよ♡ これを"ブライダルナイト"って言うの♡ ようするに"結婚初夜"ってこと♡」


 へぇ~……って、ちょっ、ちょっと待ってください……っ!?

 僕、あなたと結婚したおぼえないんですけど……っ!?


「まーた、とぼけちゃって♡ ちょうど一週間前、私の部屋で挙式を上げたじゃないの♡ ダーリンが弾いてくれた『カノン』……ステキだったわ♡」


 いや、『カノン』は弾きましたけど……あれは何の深い意味もなくてっ!?

 別に結婚を誓ったわけじゃないですし……っ!?


「さぁ、ダーリン――はやくしましょ? セックス♡」

「……はっ!?!?!?!?!?」


 そう言うなり、いきなり僕の顔にのしかかってくるヴィオレッタさんのおっぱい。

 僕は金髪美少女の谷間で窒息死しそうになりながら、何とかおっぱいを両手で押し返し、体を入れ替えた。


「――キャっ!?」


 ヴィオレッタさんがひるんだ隙に、全速力で部屋から廊下へと逃げ出す僕。

 だが、そこに待ち構えていたのは――


(げっ…………!!!!)


 視界に飛び込んできたのは、今まさにそれぞれの部屋のドアを開けて中に入ろうとしていた二人の住人たち……。

 向かいの部屋のレウィシアさんと、右隣の部屋のユリンさんだった……。

 

(う、嘘だろ……っ!?!?)


 最悪だ。"ダークドレアムから逃げている途中にゾーマとシドーに遭遇した"というような絶望的な状況。


 完全に詰みだ……。

 部屋に入ろうとしていた二人は、僕を見つけるなり、まるで"さっきの答えを聞かせてもらってない"と言わんばかりに、


「――ケイ、私と早く結婚しましょ♡」

「――マスター、早ク結婚シテクダサイ♡」


 ……綺麗にハモった。

 そして背後からは、全裸のヴィオレッタさんが追いかけてきて、


「――ダーリン、逃がさないわ♡ 私たち結婚したんだから♡」


 じ、地獄か……っ!?

 進むことも退くことも出来ず、呆然と廊下に立ち尽くす僕。


 そんな僕を追い詰めるように、じわりじわりとにじり寄って来る三人の美少女たち……。

 こんな状況で、僕に自分の身を守る武器なんてあろうはずもなく……。

 あろうはずもな………………んっ?


(い、いやっ……、ぶ、武器はあるぞっ……!!)


 僕はそう思い立ち、すぐさま部屋からヴァイオリンを引っぱり出してきた。

 暴走する彼女たちを食い止めるにはヴァイオリンしかない――そう思ったからだ。


 この三人とはちょうど一週間前、立て続けにバトルのフェーズに入ったことがあるし。

 若干ユリンさんのTS/AS防御度が高かった思い出。


 ただそれだって、問題なくオーバーキル判定にすることが出来た。

 今回だって大丈夫だろう……。

 そう思い、ヴァイオリンを左肩に乗せたのだが――。



 【聴衆オーディエンスA:恋に猛り狂う乙女たち】

 レベル:255

 TS防御度:24500/24500

 AS防御度:26500/26500



 ……はっ!?!?

 僕は我が目を疑ってしまった……。


(なっ、なんで……っ!? なんで三人バラバラじゃなくて、一括りにされてんの……っ!?)


 合体モンスターかよ……っ!?

 しかもなんだよ、『恋に猛り狂う乙女たち』って……!?!?


 つ、強そうだ……。

 どうやら一度個体として識別された聴衆オーディエンスであっても、状況に応じてある特定のグループとして再認識されたりするらしい……。


 まぁ確かにコンクールの審査員や観客は個別ではなく、一つの集団として認識されてたもんなぁ……。


(だけど、困ったぞ……)


 間違いなく、過去最強の敵だ……。


(くそっ、こうなったら……!!!!)


 僕は演奏を始める前に、貯め込んでいたMPを全部振っておくことにした。



 名前:鹿苑寺恚

 レベル:1

 TS:155016

 AS:155015

 MP:0

 スキル:≪自動成長≫≪らくらくヴァイオリン≫≪悪魔と契約≫≪神童≫≪ドンファン・リサイタル≫≪天穹のスタッカート・ヴォラン≫≪永劫のスル・ポンティチェロ≫≪バイオリンガル≫……他

 称号:≪ヴァイオリンの神≫



 ……よしっ! そしてさらに相手は"TS防御度"の方が若干低いみたいだから、ここは――


(――パガニーニで勝負だっ!!!!)


 何故なら僕はスキル【パガニーニ◎】を所持しているから、TSが66%上昇するはず。

 僕が胸の内でその男の名を呟くと、半透明のウインドウには例の曲目が表示された。



「『Caprice No. 24 in A minor』をオート演奏しますか? はい・いいえ」



 ――24のカプリース・24番……。

 そう、あの日、僕が生まれて初めて弾いた曲だ。

 思えばここからすべてが始まった曲だ。


 まさに最強の聴衆オーディエンスを前に披露するのにふさわしい。

 躊躇することなく「はい」を選択すると、オート操作された僕の弓が、そして僕の左手が、あの高貴な主題テーマを高らかに歌い始める――。


『――トゥットゥティロロロロ~、ティロロロロ~、ティロロロロ~。♪ トゥットゥティロロロロ~、ティロロロロ~、ティロロロロ~。♪』



 名前:鹿苑寺恚(♪演奏中:Paganini / Caprice No. 24 in A minor)

 レベル:1

 TS:257327

 AS:155015

 MP:0

 スキル:≪自動成長≫≪らくらくヴァイオリン≫≪悪魔と契約≫≪神童≫≪ドンファン・リサイタル≫≪天穹のスタッカート・ヴォラン≫≪永劫のスル・ポンティチェロ≫≪バイオリンガル≫……他

 称号:≪ヴァイオリンの神≫



 ……よし、ちゃんとTSが増えているな――。

 だがそんなことを考える余裕があるのも最初のうちだけ……。


 主題に続いて11の変奏バリエーションが幕を開けると、僕の両手は突然悪魔に取り憑かれたかのように激しく動き出す。


(ぐっ、指がちぎれそうだ……っ!!)


 フルオートなんだから余裕だろ! などと侮らないでいただきたい。

 もはや"速いスケール"なんて朝飯前で、3度や10度のダブルストップだとか、左手のピッツィカートだとか、「なんでそんなことするの?」ってツッコミたくなるような変態奏法が次から次に僕の両手を加速させていくのだ。 


 本当に指がちぎれそうになる。

 弾いている本人が言うのもアレだけど、こんなの人間が弾くもんじゃねぇ……。


 そんなカンジで変奏が進んでいき、ちょうど第9変奏でスキル【悪魔のピッツィカート】を発動させ終わったところで、僕はチラッと横目に聴衆オーディエンスのステータスを覗いた。



 【聴衆オーディエンスA:恋に猛り狂う乙女たち】

 レベル:255

 TS防御度:3/24500

 AS防御度:5/26500



 ……うっ、オーバーキル判定がついてないっ!?

 こんなの初めてだ……。


 目の前で顔を真っ赤にしている三人の美少女たちは瀕死ながら、まだ僕のヴァイオリン攻撃に耐え続けているらしい……。


(まぁ、ラスボス級の相手だもんな……。仕方ない――)


 僕はヴァイオリンを弾く手を緩めず、弓を動かし続ける。

 そして第9変奏とは打って変わって、物悲しげに語りかけるような第10変奏が始まると――

 


 ――『KILL』!!!!



 【聴衆オーディエンスA:恋に猛り狂う乙女たち】

 レベル:255

 TS防御度:0/24500

 AS防御度:0/26500



 レウィシアさん、ユリンさん、そしてヴィオレッタさんが、まるで腰が砕けたようにへなへなとその場に座り込んだ。

 放心状態、といった顔で。


(ふぅ……終わった。僕の勝ちだ――)


 ……一時はどうなることかと気を揉んだけど、僕のヴァイオリンは暴走する彼女たちの心を打ち砕くことに成功したようだ……。


 よし、まだ第11変奏が終わってないけど、今のうちに部屋に――。

 ヴァイオリンを肩から降ろし、部屋へ逃げ帰ろうとした、その時だった。



 【聴衆オーディエンスA:クロニエ・オルトニ】

 レベル:68

 TS防御度:7300/7300

 AS防御度:5800/5800


 【聴衆オーディエンスB:ダナ・ダウニング】

 レベル:71

 TS防御度:5600/5600

 AS防御度:7200/7200


 【聴衆オーディエンスC:ドーナ・マッツァーネ】

 レベル:35

 TS防御度:3100/3100

 AS防御度:2500/2500


 【聴衆オーディエンスD:アズライト・エフライム】

 レベル:58

 TS防御度:5300/5300

 AS防御度:5700/5700


 ――等々。



(……なっ、なんだ!?!?)


 半透明のウインドウに次々に増殖していく"聴衆オーディエンス"の文字。

 バグかと思い焦りながら振り返ると――。


(――あっ、しまった……!)


 廊下に並ぶあちこちの部屋のドアから、女の子たちが一斉に顔を覗かせているではないか……。


 そっか……こんな時間に廊下でヴァイオリンなんか弾いてしまったから……。

 みんな物音を聞きつけて、外に出てきてしまったらしい……。


(ど、どうしよう……っ?)


 このまま部屋に逃げ帰ったら、何だか逆に失礼な気がする……。

 だって半透明のウインドウにはバトルのフェーズが表示されたままだし……。

 ここは弾いておくべきじゃないかな……?


(よし、さっきの続きを――)


 僕は再びヴァイオリンを肩に乗せ、さっき弾かなかった『24のカプリース・24番』のラスト、第11変奏――怒涛のアルペジオからフィナーレへと突き進む、一連の流れを弾いてみせた。



 ――『OVERKILL』!!!!

 ――『OVERKILL』!!!!

 ――『OVERKILL』!!!!

 ――『OVERKILL』!!!!


 

 ……嵐のように流れていくオーバーキル判定の数々。

 そしてやっと半透明のウインドウから"聴衆オーディエンス"の文字が消えたところで、僕はヴァイオリンを肩から降ろした。


(ふぅ、今度こそ終わった……。さぁ、部屋に帰――)


 だがドアに手をかけた途端、背後から突然に沸き起こる黄色い歓声。


「「「「「キャーーーーー!!!!!」」」」」


 ビクッとして振り返ったときには、もう手遅れだった……。

 次々に駆け寄ってくる女の子たち……。

 僕は抱きしめられ、もみくちゃにされ、廊下に押し倒されてしまった……。


(な、なんでこうなる……っ!?!?)


 それでようやく思い出したのだった。僕のヴァイオリンは、ただ心の扉を破壊するのみならず――


(――そ、そっか……っ!? スキル【ドンファン・リサイタル】を所持してるんだった……っ!?)


 そう――まるで磁石みたいに、女性を引き寄せてしまうのだ、ということを……。


「「「「「キャーーーーー!!!!! 結婚してぇーーーーー!!!!!」」」」」

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