第16話 こんな女の子たちに囲まれてやっていけるのか不安になる

「あぁ、もう帰りたい……」


 自室のベッドに倒れ込むなり、僕は深々とため息をついた。

 元宮殿というだけあって豪華な手彫りの彫刻が付いた高級ベッドだけど、そんな家具や内装さえもはや虚しく感じられる。

 ホームを追い出された"いらない子"の僕が、ホームシックにかかりそうだ、とか……。


「いや、シャレにもならないよ……」


 本当に悪い夢を見ているようだ。

 たかが挨拶回りだけで、こんなに絶望を感じるとは思いもしなかったな……。


 向かいの部屋の自称サキュバス――レウィシアさん。

 右隣の部屋の自称御奉仕メイド型アンドロイド――ユリンさん。


 そして左隣の部屋の自称僕の花嫁――ヴィオレッタさん……。

 うぅっ……。


 思い出すだけで寒気がする……。

 控えめに言ってみんな変態だ。

 こんなところに住むのかよ……と考えれば考えるほど鬱になる。

 はぁ……。


「あっそうだ、気分転換にMPでも振ろっかな……」


 僕は寝返りを打ち、天井のダウンライトの手前に半透明のウインドウを表示させた。



 名前:鹿苑寺恚

 レベル:1

 TS:152000

 AS:152000

 MP:372

 スキル:≪自動成長≫≪らくらくヴァイオリン≫≪悪魔と契約≫≪神童≫≪ドンファン・リサイタル≫≪天穹のスタッカート・ヴォラン≫≪永劫のスル・ポンティチェロ≫≪バイオリンガル≫……他

 称号:≪ヴァイオリンの神≫



 まぁとりあえずこんなもんかな……。あんまりMPを貯め込んでてもしょうがないしなぁ……。


 ……って、うわっ!?

 ふいに部屋のドアが開く音がして、僕は飛び上がった。


 ――レウィシアさんか、ユリンさんか、それともヴィオレッタさんか……っ!?

 青ざめて震えていると、なんのことはない、姿を現したのはありすさんだった……。


「アンタ、もう荷解き終わったの? 挨拶回りはした?」


 僕はへなへなとベッドに座り込む。


「……ノ、ノックくらいしてくださいよ!」

「ハァ? なんでアタシが気を遣わなくちゃいけないのよ?」


 ありすさんは僕の部屋を一瞥して、フンと鼻で笑う。


「――なによこの部屋、空っぽじゃない?」

「そりゃそうですよ、だってスーツケースは空っぽだし、日本から荷物も送ってないし……」

「それもそっか。……あっ、それでね、寮母さんからの伝言よ。夕食は毎日午後7時から8時までの間に本館一階の食堂でだって。ビュッフェスタイルだから早い者勝ちらしいわ」

「早い者勝ち、ですか……」

「そ。それでね、大浴場は午後6時から9時まで開いてるって」

「大浴場かぁ……」


 そうなのだ。さっきこの部屋に足を踏み入れた時に気づいたのだが、トイレと洗面台はあるけど風呂が付いていない。

 まぁ最悪、洗面台で体を洗ってもいいかなとは思ってたんだけど……。


「あっ、でもアンタは別よ。アンタが大浴場を使えるのは、午後5時55分から58分までの3分間だけだからね!」

「さっ、3分間っ!?」

「当たり前でしょ、アンタは男なんだから! それだって寮母さんが気を遣ってくれたんだからね! 『みんなが入る前に使わせてあげよう』って!」


 たった3分間なら部屋の洗面台の方がマシな気もするけど……。

 僕がため息をついていると、ありすさんがベッドの隣に腰を下ろした。


「……やっぱり、グレフェンって美人が多いわよね。さっき、両隣の部屋に挨拶に行ったんだけどさ。みんなモデルさんみたいなの。スラブ系とゲルマン系のいいとこどりってカンジで」

「はぁ……そうですかねぇ?」


 僕の脳裏に浮かぶのは、レウィシアさんやユリンさんやヴィオレッタさん……みんなぶっ飛んだ人たちばかりだ。


 グレフェンの女性はヤバい人が多いのかな、とさえ思ってしまう。

 まぁみんな美少女だったのは事実だけどさ……。

 などと考えていると、ふいにありすさんのトーキックが僕のすねを捉えた。


「い、いてっ……!?」

「アンタ、いま変なこと考えてたでしょ!?」

「へっ、変なこと!?」

「空港からここへ来るまでの間だって、リーゼ先生にデレデレしちゃってさ! 鼻伸ばしてんじゃないわよっ!」

「え、冤罪ですよっ……!」 

「忠告しておくけどね、あんまり不特定多数の女と関わらない方がいいわよ! ……いや、っていうか、アタシ以外の女と仲良くしちゃダメっ!」

「は、はぁっ……!?」

「べっ、べつに、しっ、嫉妬してる、とかじゃ、ななな、ないんだからねっ! か、勘違いしないでよっ!」

「いてっ……!?」


 また向こう脛を蹴ってくるありすさん。


「ただ、まあ、なんていうの……アンタのヴァイオリンは、そ、その――」

「……?」

「――お、女を狂わせるっていうか……む、夢中にさせるっていうか……」

「女を狂わせる……?」


 ……あーもしかしてそれって、スキル【ドンファン・リサイタル】の効果だろうか?


「と、とにかく! 『能ある鷹は爪を隠す』って言うでしょ! 学校以外では、ヴァイオリンを弾いたりなんかしちゃ、ダメよっ! 恋のライバルが増え……じゃなくて、え、えーっと、へ、変な女につきまとわれて、困るのは、ア、アンタなんだからねっ!」


 そんなこと言われても、もう弾いちゃったしなぁ……。

 ……って、いてっ!?


 ありすさんはまた僕の向こう脛を蹴り上げ、なぜか怒ったような顔をして部屋を出ていってしまった……。


(なんだよ、よくわからない人だなぁ……?)


 頭のおかしい隣人たちに、怒りっぽいありすさん……。

 こんな女の子たちに囲まれて無事にやっていけるのだろうか、と不安に思いながら、僕の異国での新生活が幕を開けたのだった――。

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