第7話 いらない子、初めてのコンクールで無双する②

「ねぇねぇ鹿苑寺君、サインして?」

「一緒に写真とろ♡」


 名前も知らない女の子たちが抱きついてくる。

 思わず顔が引き攣ってしまう。


 ……えっと、胸が当たってるんですが?

 ここは控室。審査結果を待つ間、なぜだか僕は女の子たちからチヤホヤされていた。


 あ、いや、誤解してほしくない。間違っても僕はイケメンじゃない。

 まぁ財閥の御曹司という肩書はモテ要素っちゃそうかもしれないけど、僕の場合はただの御曹司ではなく『ガッカリ御曹司』なのはご存知の通りだ。


 背だってそんなに高くないし、筋肉だってほとんどついてない……ていうかゴボウみたいにガリガリだ。


 そんな僕がどうしてキャーキャー言われてるのかといえば、まぁぶっちゃけ心当たりはしかない。


 そう――ヴァイオリン。

 さっき出番を終えて控室に戻って来てからずっとこの調子だもんな……。


 入れ代わり立ち代わり女の子がやって来ては、キャーキャー言いながら話しかけてくる。

 どうやらこれもヴァイオリンの影響らしい。そうとしか考えられない。


 だって本番前は誰からも話しかけられない安定のぼっちだったんだから……。


(そういえば、【ドンファン・リサイタル】とかいう怪しげなスキルを所持してるんだっけな……)

 

 そんなことを思い出しながら、僕は目の前に半透明のウインドウを呼び出す。

 ……おや?



『――スキル【神童】を獲得しました』


【神童】……優れた音楽的才能で『奏者の限界』を超えてASを伸ばすことができる。限界突破スキル。


 

 名前:鹿苑寺恚

 レベル:1

 TS:15000

 AS:5201

 MP:57963

 スキル:≪自動成長≫≪らくらくヴァイオリン≫≪悪魔と契約≫≪神童≫≪ドンファン・リサイタル≫≪悪魔のアルペジオ≫≪悪魔の重音≫≪悪魔のピッツィカート≫……他

 称号:≪名ヴァイオリニスト≫



 ……ASが限界突破してた。ていうか、神童って!? マジかよっ!?

 どうやら初めてのステージというものを経験したのが効いたらしい……。


 経験を積んだ、ということだろうか? いやでもレベルは1のままだし、もはや≪自動成長≫というチートスキルによって経験という言葉の概念すら覆されてしまっている気もするけど……。


 せっかくAS限界突破したんだから、貯まる一方のMPをTSとASに振り分けてみようかな?

 とりあえずこんな感じで……ん?



『――称号【ヴィルトゥオーソ】を獲得しました。称号【ヴァイオリンの王】を獲得しました。』


【ヴィルトゥオーソ】……ヴァイオリンを極めし者に与えられる称号。TS/ASがそれぞれ10000以上必要。


【ヴァイオリンの王】……全てのヴァイオリニストの頂点に立つ者に与えられる称号。TS/ASがそれぞれ30000以上必要。



 名前:鹿苑寺恚

 レベル:1

 TS:30000

 AS:30000

 MP:18164

 スキル:≪自動成長≫≪らくらくヴァイオリン≫≪悪魔と契約≫≪神童≫≪ドンファン・リサイタル≫≪悪魔のアルペジオ≫≪悪魔の重音≫≪悪魔のピッツィカート≫……他

 称号:≪ヴァイオリンの王≫



 ……王っ!? 僕が……ヴァイオリンの王っ!?

 ……はいぃぃぃぃぃいっ!?

 まだヴァイオリン初めて一ヶ月なんですけど……っ!?


「ねぇねぇ鹿苑寺君って彼女いるの?」

「どんな女の子が好きなのぉ?」

「あっ、いや、僕は、そんな……人を選べる立場じゃないっていうか……」


 そんな感じでしどろもどろになっているところへ、係員が呼びに来た。どうやら結果発表が始まるらしい。僕たちはホールに移動した。



 さすがにヴァイオリンのスキルを授かったとはいえ、歴一ヶ月で入賞なんてことはないだろう……。


 そんな風に高を括っていた僕は、椅子に腰かけたまま、ほとんど他人事みたいに司会者の声を聞いていた。


「それでは発表します。ヴァイオリン部門・高校生の部。第1位は――」


 ……誰だろう? やっぱり天沢ありすさんか? それとも田中良一さんかな?


「第1位――鹿苑寺恚さん! おめでとうございます!」


 司会者がそう言うと、会場から「キャーッ」という黄色い歓声が沸き起こり、少し遅れて笑い声がさざ波のように広がった。


 へぇ、優勝は鹿苑寺恚さんか……どこかで聞いたことのある名前だな……って、あれ?

 ぼっ、ぼっ、僕っ!?


 ワンチャン同姓同名かと思って周囲を見回すと、みんなの視線が一斉に突き刺さってきたので、さすがに察した。


 ……僕だっ。

 慌てて立ち上がり、ステージへ上がる。また客席から「「キャーッ」という黄色い歓声が飛んでくる。


 誰に向けられているものかは不明だ。というか、僕はそれどころじゃない。

 勉強も運動も出来ない無能な僕は、賞なんて小学校の習字の銅賞くらいしかもらったことがないし、みんなの前で賞状を受け取るなんて初めての経験だった。


 ロボットみたいにぎこちない動きで賞状と盾を受け取ると、客席に一礼するのも忘れ、そそくさと壇上から下りてしまった……。


「第2位――天沢ありすさん! おめでとうございます!」


 僕が席に戻ったところで、ちょうどその名前が呼ばれていた。

 天才ヴァイオリン少女・天沢ありすさんはどうやら2位だったらしい。

 ……うん、きっと何かの間違いだ。たぶん夢でも見ているんだろう。



 結果発表が終わると、僕は話しかけてくる女の子たちを振り切って、真っ先に帰り支度を始めた。


 ……とりあえず羽衣さんに報告しなきゃ。

 廊下を小走りで進んでいると、だがいきなり係員に呼び止められ、


「審査員の先生が君と話したがっている」


 などと言われ、よく知らないおじさんに引き合わされた。

 どうやら音大の関係者らしく、高校を卒業したらウチへおいで、などと言って名刺を渡された。


 僕がどこの教室にもどの先生にも師事していない完全な独学だと知ると、おじさんは腰を抜かさんばかりに驚いていた。


 まぁさすがに、女神様からスキルを授かりました、とは言わなかったけどね……。

 それが終わって帰ろうとすると、また呼び止められた。――今度は新聞記者だ。


「優勝した感想は?」、「本番前はどんな気持ちだった?」などというテンプレっぽい質問に対し、


「……嬉しいです」、「……緊張しました」

 などとこちらもテンプレっぽい回答を連発し、優勝者インタビューをつつがなく終えた。


 そうして今度こそ帰ろうとすると、また呼び止められた。

 ……やれやれ、今日はいろんな人に話しかけられる日だな……。


 うんざりしながら振り返ると、そこに立っていたのは、金髪に赤いドレスの――。

 天沢ありすさんだった。


「……ア、アンタ、なっ、なかなか……やるじゃない!」


 なんでか知らないけど、ありすさんは噛みまくりだ。

 心なしか顔も真っ赤だし……具合でも悪いのかな?


「し、仕方ないから……、とっ、ととと、友達に……なってやるわよ!」


 いきなり言われて、僕は目を点にしてしまった。


「……友達?」


 するとありすさんはこう続けた。


「べっ、べつに、アンタのヴァイオリンを聴いてキュンキュンしちゃったとか、好きになっちゃったとか……そっ、そそそ、そんなことじゃないからねっ!」

「はぁ?」

「た、ただっ、ラ、ライバルとしてっ、み、認めてやるってだけよ!! か、勘違いしないでよっ!!」


 そう言うとありすさんは僕のポケットに何か紙切れのようなものを突っ込んできて、そのままプイっ! とそっぽを向いて走り去ってしまった。


 ……いったい何だろう?

 ポケットに手を突っ込んで見ると、それは二つ折りされたメモ用紙。


 "天沢ありす"の名の下に、連絡先らしきものが殴り書きされていた……。

 ……意味がわからない。友達になってくれるってことだろうか? 僕はすっかり困惑してしまった。

 

 こうして僕は、どうやら初めて出場したヴァイオリンコンクールで、賞状と盾だけではなく、"友達"まで手に入れてしまったらしい……。

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