第6話 いらない子、初めてのコンクールで無双する①
「6番の方、準備してください」
出番はあっという間に回ってきた。
僕は買ったばかりのヴァイオリンを手に、ステージへと向かう。
薄暗い舞台袖から眩い照明に照らされたステージを見ていると、緊張はいよいよピークに達した。
ステージ上では全身黒ずくめのオッサンみたいな人が、ピアノ伴奏をバックに力強いヴァイオリンを響かせている。
(……あの人も高校生なのかな? とてもそうは見えないけどな)
などとくだらないことを考えながら、目の前のウインドウには演奏者と聴衆のものと思しきステータスが表示されていることに気づいていた。
名前:田中良一 (♪演奏中:Brahms / Violin Concerto in D major, op. 77)
レベル:48
TS:521
AS:578
MP:1
スキル:≪モメンタム・ボーイング≫≪ボーイングLv.5≫≪アルペジオLv.5≫≪速いパッセージLv.4≫≪ポジションチェンジLv.5≫≪ビブラートLv.5≫≪トリルLv.5≫≪重音Lv.5≫……他
称号:≪セミプロヴァイオリニスト≫
【モメンタム・ボーイング】……勢いのある運弓。ASが150上昇。
【
レベル:28
TS防御度:2378/3000
AS防御度:2263/3000
【
レベル:12
TS防御度:101/120
AS防御度:98/120
田中良一さんか……。個人情報駄々洩れじゃんとかそんな話はこの際置いといて、問題は【
さっきから田中良一さんがブラームスを弾くたびにTS防御度とAS防御度がちょっとずつ下がっているから、RPG風に言えばさしずめ敵のHPゲージ……つまりこのゲージを0にすれば心の扉を壊して
僕は勝手にそう解釈した。
『――6番』
いよいよ僕の番が回ってきた。
ジャージにスニーカー姿の僕がステージへ出ると、客席からは失笑が洩れた。
「クスクス……クスクス……」
「何あの人……やばくない?」
「えっ、きも~い!」
……もしかしたらふざけていると思われたのかもしれないな。審査員と思しきオジサンのわざとらしい咳払いの声まで聞こえてきた。
「……オッホン!」
客席に目を向ければ、蔑むような視線ばかりがあちこちから僕を貫いていた。
……だけど僕はくじけなかった。
何故なら誰かにバカにされたり笑われたりすることなんて、僕にとっては日常茶飯事だったから。
五歳のあの日、実の母親が死んで鹿苑寺家に引き取られたその時から、僕はずっと「いらない子」として陰の人生を歩んできた。
家でも幼稚園でも学校でも、痛みや苦しみや孤独に耐えるばかりの毎日だった。
そんな僕にとって、輝かしいスポットライトに照らされたステージに立たせてもらえるなんて、夢みたいな出来事だと気づいた。
思えばあの日、僕が女神様から与えられたのは『ヴァイオリンのスキル』ではなく、『自分を表現する機会』だったのかもしれないな……。
そう思った途端、なんだかこのステージでヴァイオリンを弾かせてもらえるということが嬉しくてたまらなくなってきた……。
僕はヴァイオリンを構え、半透明のステータス画面を呼び出す。
演奏する曲はバルトークの『無伴奏ヴァイオリンソナタ・第1楽章』。
「『Sonata for Solo Violin Sz.117』をオート演奏しますか? はい・いいえ」
僕は迷わず「はい」を選ぶ。
"シャコンヌのテンポで"と銘打たれたその変奏曲を勧めてくれたのは、僕よりもクラシックに明るい羽衣さんだった。
教室や先生のコネもなければ伴奏者のツテもない僕にとって、無伴奏のその曲はまさにうってつけだった。
≪らくらくヴァイオリン≫によってオート操作された僕の弓が、民族音楽的な独特のハーモニーを会場全体に響かせると、会場の空気が変わった。
完璧なボーイング。
繊細かつ
TS:15000に比してAS:5000という技術力と表現力の齟齬が気になっていたけど、どうやらそんなことは杞憂だったみたいだ。
――『OVERKILL』!!!!
10分足らずの演奏が三分の一も終わらないうちに、半透明のウインドウにはオーバーキル判定が始まったことを示す通知が出現していた。
【
レベル:28
TS防御度:0/3000
AS防御度:0/3000
【
レベル:12
TS防御度:0/120
AS防御度:0/120
……弱っ!?
そして僕が弦を指ではじく≪悪魔のピッツィカート≫によって消え入るようにソナタを締めくくると、爆発の前兆とも言うべき異様な静寂が会場全体に広がっていた。
「「「「うおおおおおっ!」」」」」
「「「「ブラヴォーっ!!」」」」」
「「「「すごーいっ!!!」」」」
クラシックの、ましてやコンクールの舞台には似つかわしくない感嘆詞。
客席のあちこちから称賛とも驚愕とも取れる言葉や反応が一斉に沸き起こった。
もちろん地鳴りのようなスタンディングオベーションがあったことは言うまでもない。
「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチっ!!!!」」」」
観客のあまりの熱狂ぶりに、係員が慌てて「……みなさまご着席ください」とアナウンスを流したほどだった。
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