第5話 初めてのコンクールへ
クラシックのコンクールなんてどれも同じだと思ってた。
世界連盟に加盟する国際コンクールとか。著名な審査員がずらりと並ぶ有名コンクールとか。はたまた小さな地方の無名コンクールとか。
全部一括りにしていたんだよね。
いや、別に音楽を舐めてたわけじゃないよ。ただ、自分の人生とは無関係だと思ってたっていうか……。
そう、たとえば異世界ラノベを読まない人にとって、「転移と転生の違い」が問題にならないのと同じような感じかな。
当然、「楽譜通りにきっちり弾かなきゃダメなコンクール」とか、「ちょっとぐらいのミスよりパッションが重視されるコンクール」とかがあるなんて知らなかったし、予選から本選までの流れなんて知る由もなかった。
それで言うと今回僕が音源を送ったのは、新聞社が主催する学生向けソロコンクールのヴァイオリン部門・高校生の部。
参加者は多くもなく少なくもなく、審査員は有名でもなく無名でもなく、まぁ標準的なレベルってことらしい。
『昨今の感染症予防の観点から予選は音源審査のみ』って書いてあったし、しかも締切ギリギリだったから、どうせ受からないだろうと高を括って応募したのだけれど……。
「まさか予選通過するとは……」
駅からコンクール会場へ向かって歩きながら、僕はまだ夢でも見ているような気分だ。
会場へ続く歩道橋には、同じコンクールの参加者とその保護者と思しき人たちが犇めいている。
……みんないかにも「有名な先生に師事してレッスンを重ねてきました」って顔に見えるのは……気のせいかな?
まぁヴァイオリン歴一ヶ月なんて僕くらいだろうけどさ…………ん?
「先生、何を自信なさげな顔してるんです?」
参加者たちの放つ緊張感にビビッていると、隣を歩く羽衣さんが僕のほっぺたをツンツンしてきた。
帽子とマスクで顔を隠しているけど、歩くたびに上下に揺れるそれだけは隠しきれていない。
「今のうちに優勝コメント考えといたほうがいいですよ。新聞に載りますからね」
「またそんな……。無理ですよ優勝なんて……」
「できますよ! 先生より上手いヴァイオリニストなんてこの国にはいません! 一番弟子の私が言うんですからねっ!」
なんだよ一番弟子って!?
……まるで他人事のような自称・教え子――羽衣さんの言葉に僕は苦笑するよりほかなかった。
まぁ実際、他人事だと思ってるんだろうけどさ。何せ羽衣さんは予選の音源審査で落ちてしまったのだから……。
始めたばかりだから仕方ないとはいえ、「コンクールで入賞したい」って目標を打ち立てた本人が出ずに、僕だけが出るんじゃ本末転倒だ。
歩きながら何気なく半透明のウインドウを呼び出す。
とりあえず僕のステータスはこの一ヶ月でこうなりました。
名前:鹿苑寺恚
レベル:1
TS:15000
AS:5000
MP:51987
スキル:≪自動成長≫≪らくらくヴァイオリン≫≪悪魔と契約≫≪ドンファン・リサイタル≫≪悪魔のアルペジオ≫≪悪魔の重音≫≪悪魔のピッツィカート≫≪ボーイングLv.10≫……他
称号:≪名ヴァイオリニスト≫
【名ヴァイオリニスト】……プロの中でも際立った実力を持つヴァイオリニストに与えられる称号。TS/ASがそれぞれ5000以上必要。
……はい。【プロヴァイオリニスト】から【名ヴァイオリニスト】に昇格しました。
どこから説明したらいいかわからないけど、とりあえずASはカンストしたらしい。5000になってからピクリとも動かなくなった。MPを振り分けようとしても拒否される。どうやら『奏者の限界』というヤツらしかった。ここから先はASの限界突破スキルがないと伸ばせないみたいだ。
逆にTSは限界突破スキル≪悪魔と契約≫を所持しているからか、順調に上昇を続けている。端数が揃ってるのは初のステ振りを試みたからで、一昨日の段階で『13801』だったけど、『1199MP』を振って結果こうなった。
MPの伸びは最初の頃に比べたらだいぶ落ち着いたけど、それでも貯まっていく一方だ。いっそ全MPを限界突破しているTSに振ろうかとも思ったけど、それをやるとASとの差が開きすぎるのでとりあえず保留にしておいた。僕は昔から、〇〇特化型、みたいなのが苦手なのだ。ステータスはバランスよく上げたいタイプだ。
それからスキル≪ボーイング≫≪アルペジオ≫≪速いパッセージ≫ポジションチェンジ≫≪ビブラート≫≪トリル≫≪重音≫の七項目はどれもLv.10に到達してから上がらなくなったので、スキルLv.の上限に達したということらしい。
……そんなことを考えながら歩いているうちに、半透明のウインドウの向こうにコンクール会場が見えてきた。――室内楽専用ホールだ。
……やばい、なんかドキドキしてきた……。
「じゃあ先生、私は客席から見守ってますねっ!」
「う、うん……」
子供みたいにブンブンと手を振る羽衣さんに見送られ、僕は受付へと向かった……。
◇
検温と受付手続きを済ませた僕は、控室へ向かって廊下を進む。
マスク姿のスタッフが目を光らせるそこは、得体の知れない独特な緊張感が広がる空間だった。
というか今更気づいたんだけどさ、みんなパーティーみたいなロングドレスやフォーマルなスーツに着替えてないか……?
あれ、もしかしてスポーツメーカーのジャージなんか着てるのは僕だけ……?
何せ初めてのコンクールだから勝手がわからない。
「……キャッ!」
ソワソワしながら歩いていると、ふいに肩に衝撃が走る。衝突音と共に何かが廊下に倒れ、見れば、赤と白の豪華なドレスをまとった女の子が尻餅をついていた。
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて手を差し伸べると、だが、女の子は僕の手を叩いてきた。
「痛っ?!」
「あっぶないわねぇ! アンタ、どこ見て歩いてんのよ!」
飛びかからんばかりの勢いで立ち上がる女の子。僕は思わず後ずさる。
……金髪に深紅のリボンが強烈なインパクトを放っている。外国人か、それともハーフだろうか? 見るからに自己主張が強そうだ。
よそ見をしていた僕が100パー悪いけど、それにしても厄介そうな人にぶつかっちゃったな……。
「Aクラスのアタシが前から歩いてきたんだから、Cクラスのアンタが避けなさいよ!」
「……クラス?」
「才能の話よ! 見ればわかるでしょ!」
「はぁ…………ん?」
『――スキル【見ればわかる】を獲得しました』
【見ればわかる】……奏者・楽器などを見るだけで価値や能力を鑑定することが出来る。
……なんだよ【見ればわかる】って? いわゆる"鑑定スキル"ってことか?
おや?
名前:
レベル:105
TS:1008
AS:1031
MP:3
スキル:≪高飛車カデンツァ≫≪ボーイングLv.6≫≪アルペジオLv.6≫≪速いパッセージLv.6≫≪ポジションチェンジLv.6≫≪ビブラートLv.6≫≪トリルLv.6≫≪重音Lv.6≫……他
称号:≪プロヴァイオリニスト≫
【高飛車カデンツァ】……聴衆を威圧するようなヴァイオリン・ソロ。TSとASが300上昇。
急に目の前のウインドウに女の子のステータスと思しきものが現れ、思わず驚いてしまった。
なるほど、【見ればわかる】ってそういうことか……。それにしても"レベル105"ってすごいな……。レベル1の僕とは大違いだ……。
僕はつい自分のステータスと比べてしまう――
名前:鹿苑寺恚
レベル:1
TS:15000
AS:5000
MP:52001
スキル:≪自動成長≫≪らくらくヴァイオリン≫≪悪魔と契約≫≪ドンファン・リサイタル≫≪悪魔のアルペジオ≫≪悪魔の重音≫≪悪魔のピッツィカート≫≪ボーイングLv.10≫……他
称号:≪名ヴァイオリニスト≫
名前:天沢ありす
レベル:105
TS:1008
AS:1031
MP:3
スキル:≪高飛車カデンツァ≫≪ボーイングLv.6≫≪アルペジオLv.6≫≪速いパッセージLv.6≫≪ポジションチェンジLv.6≫≪ビブラートLv.6≫≪トリルLv.6≫≪重音Lv.6≫……他
称号:≪プロヴァイオリニスト≫
またMPが増えてるとかそんなことはもはやどうでもよくて、それよりこうして並べてみると僕のステータスの異常さがよくわかるな、うん。
普通は、レッスンや演奏会などで経験を積む→レベルが上がる→MPを獲得する→MPを割り振りTSやASを上げたりスキルを覚えたりすることが出来る……というアルゴリズムなのに、僕はスキル≪自動成長≫でレベルが上がっていないのにMPだけが増えている状態だもんなぁ……。
あらためて見ると異常すぎて笑っちゃうよね。"経験ほぼゼロ"のレベル1の初心者が≪名ヴァイオリニスト≫とか……。
「天沢ありすさんですか」
うっかりステータスに表示されていた名前を読み上げてしまった。
「えっ……?」
彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに胸を張る。
「ふふん、どうやらちゃんと予習してきたようね! そうよ、わずか一歳にしてあのゼーン・ストラウク先生に師事、数々のコンクールで輝かしい成績を収め、もうじきあの有名なグレフェンの『王立音楽学園』へ留学することが決まっている天才ヴァイオリン少女、天沢ありす様よ!」
ドヤ顔で自己紹介をしてくれるありすさんを見ていると、なんだか微笑ましくなってしまった。
でも残念ながら、"あの"と言われても僕には何のことだかちっともわからない。
正直にそう答えると、ありすさんは動揺した顔になった。
「えっ、知らないの……? あのゼーン・ストラウク先生よ……? あの王立音楽学園よ……?」
「ごめんなさい」
「へぇ……そうなんだ……まぁ……」
ありすさんはしゅんと肩を落としてしまった。
……何か悪いことを言ってしまっただろうか?
「ところでアンタは? 見るからにCランクって顔してるけど、どこの教室? 誰に教わってるの?」
「あっ、鹿苑寺恚です。教室とか先生とかそういうのはないんですけど……以後お見知りおきを」
「え! まさか野良っ!? ないわ~」
天沢さんはやれやれと肩をすくめる。
「無知って怖いわね。前言撤回、アンタはCランクじゃなくてDランクだわ!」
「Dランク?」
「どこから来たのか知らないけど、コンクールなんか金とコネで決まるのよ! 審査員の教え子とか、関係する音大の生徒とかね!」
「へぇ、そうなんですか?」
「そうよ! ま、アタシがいる時点で優勝は無理なんだから、アンタは『思い出づくり』くらいに考えとけばいいのよ! そうすれば傷つかなくて済むでしょ!」
ありすさんはあどけない顔でそう言うと、肩で風を切るように廊下を歩き去っていった。
「すごいなぁ。自信満々だなぁ。ああいう人が将来プロになるんだろうなぁ……」
僕は感心しながら廊下を進み、そして、控室のドアを開けた。
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