475話 魔法少女と苦難の道


 目の前にいる少女は泣いている。私の背中にポツポツと涙が流れ落ちていくのを黙して見守る。展開された重力を元通りにし、強く抱擁をして。


「苦しかった……辛かったよぉ…………っ……」

みっともない、なんて思わなかった。いや、思えなかった。今まで溜め込んだ濁り切った何かが、堤防が決壊するように勢いよく流れ出ていく。


 うぉ……これどうしよう。どうするのが正解?ヘルプ、ヘルプグーグル先生!


『そんな万能なもんないよ』

『自分の心に聞けー』

私からもボロクソに言われる始末。さてどうするのが正解か。


 とりあえず、トントンと優しく背中を摩ってやる。抱きついている姿勢になるため、お腹……胸部が当たる。外から見えないけど、そこそこなものをお持ちだ。これで私と同じか少し上。


 なんとも言えぬもどかしさを内に秘めながら、優しい手つきで背を摩る。


「大丈夫、レインアーレは実験動物なんかじゃない。頑張ってる、頑張って生きてる人間なんだ。」

「わたしは……ちゃんと人なの?」

「そう、生まれも育ちも人間。帝国の傀儡なんかじゃない。」

そう優しく宥めてやると、年甲斐もなく(?)また泣き出す。ゆっくり、落ち着かせるようにまた背中にある手を動かす。


「わたし、不安だったんだ。怖かったんだ。でも分からなかった……それを知らなかったのが1番、1番怖い……自分の気持ちだけを知らなかったなんて、わたしはなんて…………っ!」

それから落ち着くまで10分ほど時間を要した。冷静沈着で機械的だった姿は消え失せ、まるで小学生のような性格へ変貌した。


 まぁ……能力が覚醒したタイミング的に?


 今は落ち着き、お姉ちゃんお姉ちゃんとコアラのように腕に抱きつくレインアーレを苦笑で一目視界に入れる。


「レインアーレって皇帝にもらった名前だっけ?」

「うん……」

「なら、私達の中では名前を変えよう。」

何がいい?と問うと、少しだけ俯くと「お姉ちゃんが決めて」と小さく微笑んだ。


 うっっっ!

 クソッ!やはり私は妹属性に弱いっ……


 頭でロアサキネルの三人衆の顔がぐるぐるしている。


『ふっ、体は私よりも大人だけどな』


 おいそこうるさいぞー。誰が子供体型じゃ。写真撮る時膝立ち痛いんだぞこら。


『私の場合は右上の合成写真でしょ』


 それは中学まで!高校は普通に撮ってた!


 いつでもどこでも騒がしい私達に嘆息を吐きながら、名前名前と上を向いてぶつぶつ呟く。


「面倒っげふんげふん。ややこしいのも厄介だから、ここは上書きという意味での名付けとしてアーレはどう?」

「アーレ?……うん。」

「あと、性格は戻していいよ。普通に、うん……接するのが難しい。」

精神年齢と実年齢(プラス声)の違和感とはここまでかとビビるくらいだ。当のネイン……いや、アーレはきょとんとしている。


「ほら、情報であるでしょ?真面目キャラにしよう。」

「……分かった。」

アーレは素直に頷く。


 これ、もしかしなくてもまた住人が増えるパターン?


 食い扶持的な面も含め、色々頭を抱えたくなってくる。


「大丈夫、わたしも協力するから。」

キリッとした目で言われる。やっぱりこの声はクールキャラに限る。


「そういえば、能力はまだ残ってるんだよね。」

「うん。概要全部、教えようか?」

「それはまた暇な時に。」

再び苦笑する。ここではなんだから、と家に……とはいかない。ループを途切れさせてはいけない。


「まず、外行こうか。話はそれから。」

「分かってる。ループの話と、これからのこと。一緒に。」

とりあえず後から合流するということで、一旦別れることにした。本当は安静にさせておきたいけど、仕方ない。


『で、実際どうするの?あの子』

『どうするったって匿うしかなくない?不慮の事故的だけど過去も全部知っちゃったわけなんだし』


 そういうのは後にして、とりあえずギルド行こうか。


 丘の下のギルドを目指す。

 そこから先はループ通り。違うとしたら、アーレがアーレであること。そのくらいだ。寡黙な印象は破壊されたけど。


 変わらず街の外に出て、少し歩く。そして脇に入っていく。


「お疲れ。」

「ソラさんこそ。」

アーレは木のそばで小さく座り、言葉を返した。


 ちなみにお姉ちゃんはさすがに嫌だからソラさんに変えといた。というか変えさせた。これはさすがにまずい気がするから。



「ループの件だったよね。」

「ループはあと5回、続きます。目的は、ループに影響されない魔導具を使って機密情報を抜き取る、というものです。」

「やっぱそんな感じか。」

「もし天然に影響を受けない人間がいた場合に備え、わたしは関係のないここに配置されたわけです。」

その淡々とした事実確認に頷きつつ、「どこに潜入してるの?」と問う。


「王都とか?」

「いえ、合衆国の首都です。」

「がっしうこく?」

「合衆国です。」

この世界では聞き慣れない、というか初のワードに困惑する。


 合衆国?アメリカ?いやいや、王国帝国神国合衆国って色々ありすぎだって。


「だから、もう少しだけ耐えてもらえますか?」

「うん、まぁ別にいいけど。そのあとどうするの?接触してる私は始末しないといけないでしょ?」

「そんなとんでもない!ソラさんを始末だなんて……そんなことしてしまったらわたしは自分の腹を切ります。」

「うんやめようか。」

いきなり物騒なことを口走ってきたアーレの口を塞ぐ。モゴモゴ、ぺろぺろ……?


「舐めんな。」

「舐めてません。舐めてはいますけど。」

「そういう舐めるじゃない。」

こういうキャラだっけと疑問に思ってきた。そもそもアーレに定型はないのか。


「一旦雲隠れして、逆に帝国に侵入してやるのは?アーレってそこそこ役職の位高いでしょ?」

「はい、わたしが仲介役となれば成功率は格段に高くなるでしょう」

「ならそれでいこう。アーレをあんな目に合わせた帝国をぶっ飛ばそう。」

「わたしもスパイになりましょう。」

ニコッと微笑んだ。なんか裏に怖いものがありそうだっけど、触らぬ神に祟りなしだ。


 そういえば……竹林に謎の建物があったような?


「あれは異世界人の考案した包囲魔法の固定魔法陣です。」

「包囲魔法?」

ちゃっかり心を読んでくるのを完全にスルーし、目の前の疑問に着手する。


「数が多い方が攻略も高まるのですが、それほど多くは。効果を与えたい一定の範囲を包囲し、魔法的効果を及ぼさせるものです。」

「敵陣におけば範囲弱体化、自陣に置けば範囲強化ってことね。」

「さすがソラさん!ご明察です!」

「テンション高いなぁ……」

身を乗り出して言うアーレに若干呆れる。


「その数およそ5。」

「いつの間にそんな潜入してるの!?」

「竹林の横断を諦めてそこに設置したようですね。」

「防犯力高いな竹林。」

まあ確かにあれは迷う。なんとなく納得できてしまう。


 それでもなかなかの茨の道だなこれ。前途多難なんてものじゃないよ。生きるためにはそんな細い橋も渡らなきゃならないんだけどさ。


 もしアーレの案に乗らなければと思うと、頭の中でたくさんの異世界人に囲まれて殺される自分が思い浮かぶ。


 そんな弱いとも思わないけど、めちゃくちゃ強い自負もないから……


「大丈夫かな……」

「大丈夫です。」

真っ直ぐな瞳で言う。根拠がないようには見えない、強い眼差し。


「帝国軍異世界課の方が常に語っていました。」

「誰それ何それ。」

「世の中は単に魔法や武力があるのが暴力じゃないと。理を超越する者こそが本物の強者だと。」

無視して続けられたことに少し不満を覚えながらも、話に耳を傾ける。


 理を超越……なんかすごそう。四神とかのことかな?


「だからソラさんは大丈夫です。」

「何が大丈夫なの」と笑いながら、今日のループを終えるのだった。


————————————————————


 ここから物語は他国、帝国や神国を交えた戦争という形で進行していきます。ですが私が死にそうなので、あっさり終わらせたい所存です。

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