異端暗黒都市【オガム】2・ラスト

 小一時間後──まだ日が高いオガムの町を、儀式が行われるという『伏魔殿』に向かって視察を兼ねて向かっている、ナックラ・ビィビィ一行の姿があった。

 歩きながらギャンが、周囲を見回して残飯を漁っていた、双頭犬の『オルトロス』の子犬を見つけるとヒョイッと捕まえて、ナックラ・ビィビィに向かってドヤ顔で突き出す。

「どうだ、怖いだろう……ほれほれ」

 即座にナックラ・ビィビィは、魔導杖でギャンの頭を連打して反撃した。

「それで、儂の弱みを握ったつもりかぁ! コチの世界の犬など怖くもなんともないわ! 甘いわぁ!」

「ひぃぃぃっ!」

 ボッコボッコにされて地面に横たわる、ギャン・カナッハを見下ろしながら、ナックラ・ビィビィが言った。

「今後、似たようなマネをしたら頭を膨らませて破裂させるからな……覚悟しておけ」


 ナックラ・ビィビィ一行は、伏魔殿〔パンデモウニアム〕の前に到着した。儀式のための色鮮やかな五色の布で飾られた伏魔殿を確認したナックラ・ビィビィが言った。

「もっと、おどろおどろい飾り付けをしているかと思ったが、意外と普通じゃな……一旦帰るぞ、まだ儀式が行われるまでは時間がある」

 帰り道を宿屋に向かって歩いているナックラ・ビィビィに、リャリャナンシーが「どうして、アチの世界の犬が苦手なのか?」聞いてみた。


 歩きながら答える、西の大魔導師。

「昔、アチの世界から迷い込んできた犬の顔や胴体が裂けて、おぞましい生き物が出てくる場面に遭遇してな……その時から、アチの世界の犬は苦手になった」


  ◇◇◇◇◇◇

 その夜──伏魔殿でググレ暗黒教の『放鳥の儀式』が行われた。

 ナックラ・ビィビィたちが見学者席で見守る中……現れたググレ・グレゴール大司教が、人間姿の信者や、異形の者に変わりつつある信者たちに向かって言った。

「人間は生まれながらに欲望に身を置く、性悪な存在なのです……双子の乳呑み子にミルクを与えると、一方が片方のミルクを奪って飲み干す……それが人間の本能であり、性悪の証し」

 大司教の言葉を聞いて、ナックラ・ビィビィが呟く。

「なにを、ふざけたコトを……クソ親父」


 ググレ・グレゴールの説法は続く。

「『他人を妬み羨み憎み。成功した者の足を引っぱり陥れ。誹謗中傷と嘲笑をして他者を不幸にする者には、幸せが訪れる』それが、ググレ暗黒経典なのです……さぁ、この素晴らしき教えを西方地域の隅々にまで広めようではありませんか、夢も希望も無い大地にググレ暗黒教の花を咲かせましょう……暗黒教を絶対信仰する、真信者の仲間と新たな見習い信者が今宵誕生します……祝福しましょう」


 歓声があがる。

 五人姉妹を含む数人の手にイモムシが浮かぶ緑色の液体が満ちる器が渡され、グレゴール大司教が言った。

「飲み干しなさい……それを全部飲み干して、口の中で咀嚼そしゃくができれば……新たな信者として迎え入れましょう」

 五人姉妹と数人は、イモムシごと液体を口に流し込み苦味を味わう。

「これで、あなたたちは見習い信者としての一歩を踏み出しました……次は真信者の誕生儀式です」


 五人姉妹の父親を含む、準信者数名が『ジドラ』と名乗る神官しんかん数名から漆黒と赤い液体が渦巻き模様に混ざった器を渡される。

 グレゴールが言った。

「自分が人間であるコトを忘れ、働く必要がなくなり、赤い目は世間が見えなくなる節穴と化す、忠実な真の信者に……真信者になるために、飲み干しなさい」


 赤い目に、ヒビ割れた皮膚、牙が生えた準信者たちが同時に、怪しげな液体を飲んで苦しみ出す。

「ぐぁあぁぁぁ!」

 両腕に羽毛のようなモノが生え鋭い爪が伸びて、さらにおぞましい姿へと変貌する。


 儀式を見学していたギャンが、気分が悪そうに口元を押さえた。

「気持ち悪い……なんだ、この儀式は?」

「ふんっ、悪趣味じゃな」

「この伏魔殿内には、アスナを殺した犯人は居そうにないな。牙の生え方と形状が違う」

 儀式は佳境に突入して、トランス状態になった信者たちが踊る中、床から【ゴルゴンゾーラ城】に通じる空間ゲートが出現した。

 グレゴール大司教が、現れた石門を指差して言った。

「すでに、多くの真信者と、魔猟犬をゴルゴンゾーラ城に送り──そこから、西方地域の各地にゲートを利用して真信者と魔猟犬を、放鳥するように放つ準備は整っています」

 グレゴール大司教は、手にした教鞭きょうべんの先を、ナックラ・ビィビィに向けて言った。

「あの、魔導師がアチの世界の犬が苦手な魔導師です……わたしが、伏魔殿の真信者を連れてゲートを通ってゴルゴンゾーラ城に到着するまで……犬が怖い臆病な魔導師の足止めをしなさい……ビィビィ、夜尿症のクセは治りましたか?」

 羞恥に顔を桜色に染めて、ワナワナ震えるナックラ・ビィビィが、魔導杖を握り締めて言った。


「クソ親父! ぶっ潰す! ギャン、リャリャナンシー、儂が許す! ギャンは人の姿をした信者の皮を剥いて骨抜きにしてやれ、リャリャナンシーは人から逸脱した信者を石化して忍の技で葬って供養してやるのじゃ! こいつらは、もはや人ではない!」


 ナックラ・ビィビィは周囲に、ダジィを数体出現させる。

「ダジィィ」

 激突する、ググレ暗黒教とナックラ・ビィビィの愉快な仲間たち。

 リャリャナンシーの石火光線が、人の姿を捨てた真信者を黒光りがする斑の鉱石に変えて、忍の技で粉砕していく。

 自在鎖クナイを操り、マーブル模様の怪物石像を転倒させて壊しながら、リャリャナンシーが呟く声が聞こえた。

「許せ……おまえたちは、西の大魔導師の力でも、元の姿には戻せないそうだ」


 ギャン・カナッハは、歌舞伎の見得みえをきるような、奇妙な動きをしながら。まだ人姿をした信者の皮を剥いていく。

「おっととと……おっととと」

 衣服でも脱がすような感覚で、次々と皮を剥いて、骨格を抜いていく。

 向かってきた五人姉妹も、着ぐるみを脱がされるように中身と骨格を分離させたり。

 バンザイをしているような格好で皮を剥かれたり、肩をすぼめて衣服を脱がされるように皮を剥かれる。

 ギャンはイタズラ心で、五人姉妹の中身と皮を交換して遊ぶ。

「きゃ? なに? あたし、お姉ちゃんの皮を被っている?」

「これ、あたしの皮じゃないよぅ! いやぁぁ、元に戻してぇ」


 ナックラ・ビィビィは、スラッシュさせた魔導カードで『麻痺毒』の水球を作り出して、信者に向けて飛ばしている。

 襲ってきた、見習い信者の猫爪形武具が、身代わり泥人形ダジィの顔面に炸裂する。

「ダ、ダジィィ!」

 顔面を手で押さえて、床でもがき苦しみ、土へと還る使い捨て泥人形。

「ふんっ、身代わりの泥土人形が攻撃を受けるので、儂は痛くも痒くもないわ」


 ナックラ・ビィビィの視界にゴルゴンゾーラ城に繋がるゲートに、逃げ込むググレ・グレゴール大司教の姿が映る。

「逃がさんぞ! リャリャナンシー! ギャン! クソ親父を追うのじゃ」

 ナックラ・ビィビィたちも、ゴルゴンゾーラ城に通じる石のゲートに飛び込んだ。


 ◇◇◇◇◇◇

 数時間後──原罪の荒野【トーマン・ティン】に並び立ち、何も無い荒野を眺めているナックラ・ビィビィ一行の姿があった。

 ゴルゴンゾーラ城に繋がっていた通路は、すでに閉ざされ、地面に沈み消えていく。

 浮遊異端暗黒都市【オガム】があった場所を眺めながら、ナックラ・ビィビィが呟く。

「また、クソ親父に逃げられた」

 ナックラ・ビィビィは、リャリャナンシーに訊ねる。

「お主、どうする? まだ、儂と一緒に長い旅を続けるか?」

「アスナを殺した犯人には、まだ遭遇していないからな……お供しよう」

「そうか」

 頭が大きくなった、ギャン・カナッハが横から口を挟む。

「オレは……この頭の輪っかを、どうにかして」

「お主の意志など聞いておらん……この先も儂と一緒に旅をするのじゃ」

「ひでぇ、オレには選択の余地ナシかよ!」


異端暗黒都市【オガム】~おわり~

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