異端暗黒都市【オガム】2・2

 水がある場所に着水した時には桟橋になる場所から、浮遊移動する異端暗黒都市【オガム】にナックラ・ビィビィ一行は入った。

 淀み沈んだ空気……吸い続けていると、肺の中が腐ってしまいそうな空気だった。

 口元を押さえて、顔をしかめたギャンが言った。

「まるで、腐った魚の内臓の臭いだ」

 ナックラ・ビィビィが言った。

「この都市に住んでいる者たちには、気にならない空気だがな……さてと、とりあえずは情報収集を兼ねて、宿屋を確保するかオガムには宿屋は少ないからな……ちょうど、あの桟橋先の家に宿の看板が吊り下げられておる、行ってみるか」


 ナックラ・ビィビィたちが、石畳の道の隙間からドス黒い液体が染み出ている悪路を進み、宿屋の近くに来ると。

 長い柄の黒い大鎌を持った若い女性が宿屋から出てきて、宿屋前に植えられていた赤いハーブを刈り取りはじめた。

 ハーブから赤い液体が、血のように周囲に飛び散る。

 ナックラ・ビィビィが訊ねる。

「なぜ、そんな大鎌を振り上げてハーブを刈り取っているのじゃ?」

「この方が大量に刈れますから……見慣れない方ですが、旅の方ですか?」

「そうじゃ、今宵の宿を予約したい」

 女性は血のような液体が付着した、大鎌を振り払って壁に赤い液体を飛ばして言った。


「残念ですが、今宵はググレ暗黒教の重要な儀式の夜なので。一般の方をお泊めするワケにはいきません。儀式の見学を希望する方でしたら宿泊可能ですが」

「そうか……ならば、見学を希望しよう。このオガムは、ググレ暗黒教の儀式日程で動いているからのぅ」


 女性は衣服のポケットから、細長い紙を数枚取り出して言った。

「宿泊は食事とチケット代込みの値段になります……この時間帯なら、多少割り引きさせてもらいます……チケットの払い戻しはできませんから、ご了承を……お食事は、あたしたち家族と一緒にしてもらいます」

 思わずつっこむ、ギャン・カナッハ。

「儀式見学にチケット代を払うのかよ!」


 宿屋内に入ると、大鎌でハーブを刈り取った女性と顔立ちがよく似ている年格好の女性が四人いて、それぞれが仕事をしていた。

 四人はそれぞれ、トゲトゲが付いた金属製の棍棒・金属製のムチ・皮製の盾・投斧を持っている。

 大鎌の女性が言った。

「あたしたち、五つ子なんです……あたしが長女の『黒鎌』、そして次女の『青棍棒』三女の『銀鞭』四女の『赤盾』末っ子の『白斧』と続きます……母親は禍々しい瘴気しょうきに耐えられず早くに他界して、ググレ暗黒教準信者でレンガ職人の父が一人います」

「準信者?」

「ちょうど、父が帰ってきました」


 宿屋の木製扉を蹴り開けて、不気味な容姿の男が現れた。

 真っ赤な眼球、ひび割れた白い肌、口には下向きに牙が生えている。

 現れた男は、未知の言語を発しながら。手にした黒レンガを五人姉妹に向かって投げつける。

 赤盾が飛んできたレンガを防ぐと、絶妙のコンビネーションで娘たちは父親を攻撃する。

 口々に同じ内容の言葉を叫びながら。

「努力する者を、誰かが必ず見ていてくれる……嘲笑いながら」

「誰かが必ず見ていてくれる」

「嘲笑いながら」

 青棍棒の一撃が父親に決まり、床に倒れた父親に向かって五人姉妹は微笑む。

「おかえりなさい、おとうさん」 

 倒された父親が、顔を上げて言った。

「ただ……いま……娘たちよ」

 ナックラ・ビィビィが五人姉妹に訊ねる。

「さっきの『努力している者を、嘲笑いながら見ている者もいる』というのはなんじゃ?」

「父の教えです」


 その時──扉のドアノッカーの金具でノックをする音が聞こえ。

 若い男の声が聞こえてきた。

「ググレ・グレゴールだ、大学の講義が終わったので今宵の儀式に参加する者たちの家々を訪問して回っている……家の中に入ってもいいかな?」

 その声に膝まずく、五人姉妹と父親。

「どうぞ、お入りください……大司教さま」


 扉を開けて中に入ってきたのは、ゆったりとした長い裾のオリーブ色の衣服ローブを着た、若い二枚目男性だった。 

 西の厄災ググレ・グレゴール大司教は、ナックラ・ビィビィを一瞥いちべつすると、五人姉妹と父親に向かって言った。

「『放鳥の儀式』は今夜零時……大学敷地内にある伏魔殿〔パンデモウニアム〕で行われます……その時に父親のシン信者儀式と、新たな信者として五人姉妹の、見習い信者の入会儀式も行います……遅れないように」


 グレゴール大司教は、穏やかな表情でナックラ・ビィビィに言った。

「ついに、オガムまで来ましたか……我が娘、ビィビィ」

「ふんっ、以前は若い美女の姿で、今回は二枚目の若い男か……命を捨てた者の肉体を乗り換えて、いつまで生き続けるつもりじゃ……クソ親父」

「ググレ暗黒教典を、西方地域の隅々に広げるまで」

「人の心を惑わし歪め、不幸にする邪悪な経典が! 我が師匠が作ったモノとは言え、おぞましい」


 ナックラ・ビィビィは、三日月魔導杖の先端を、大司教に向けて言った。

「人生の道標を作り、光りに導くのが我が役目……邪悪な経典布教を、儂は妨害する」

「自由に妨害するがいい……どちらが正しいのかは、後世の者たちが決める」


 その時──グレゴール大司教の足元に、尻尾を振る子犬が現れじゃれついてきて鳴いた。

「ワンッ」

 ナックラ・ビィビィの顔色が蒼白になって小さな悲鳴が漏れる。

「ひっ!?」

 足元にすり寄ってきた子犬を抱き抱えた、グレゴール大司教がナックラ・ビィビィに向かって言った。

「まだ、弱点の克服はできていなかったのか……今宵、伏魔殿に来るがいい……そこで、我がググレ暗黒教の素晴らしさを知るだろう」

 言い残して、子犬を抱えたグレゴール大司教は去っていった。

 座り込んでガタガタ震えている、ナックラ・ビィビィは小声で。

「クソ親父……あんなモノを飼っておったのか」

 そう呟いた。

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