第5話

それからしばらくして花音と澪ちゃんも頼んだ料理を平らげ、3人は他愛もない話をしていた時。


「2人とこれからデートしたいのに、どうして支部に出向かなきゃいけないんだろ……」


そんな花音はだるそうに言いながら毛先をくるくるしていた。

お前が琥珀さんに『一緒にN市の偉い人との会議に出ます!』なんて言ったのが悪いんだろうが。自業自得だよ。


「だって琥珀さん忙しそうにしてるし、いつもお世話になってるから手助けしたいじゃん」


そうだな。俺も助けたいのは山々だが、あいにくこの姿だからなぁ……。

まあ精々頑張ってくれ。


「れー君は一体何を言っているのかなー」


花音の目から光が消えていく。

待て、俺は猫の姿で喋ることが出来ない、花音は人だから喋ることができる。

ここまではOK?

だから花音は会議に行くしかないのさ。


「だめだよ」


花音はにょろっと両手をそれぞれ俺の頭と腕にがっちり固定すると、力強く締め始める。

痛てえ! 痛いです! 花音さんやめてくれませんかね!?

頭の中から鳴っちゃいけない音が出ているし、腕が有り得ない方向に曲がろうとしてるんだけど!!

あれか? 俺がこの間、N市で行列のできるスイーツ屋の限定ロールケーキを食べたからか!?


「どうりでアレが無くなってたわけかー……そうじゃなくてさ、もうN市のハウンドドッグがれー君がにゃんこ状態でも《剣帝》のれー君だってことは認識しているって琥珀さん言ってたでしょ」


痛てててて! 分かった。分かったからその腕を離してくれ、今度ロールケーキ奢るから!


「本当に? 楽しみにしてるね!」


その瞬間、花音の両腕が俺の頭と腕から離れていく。良かった。

はぁ、俺の口座からまた金が飛んでいくのか。

連続特異災害事件の時などで、装備買うのに結構お金使っちまったし、そろそろキツイ。

だけど花音が喜ぶならそれで良いが……。


つか、話を乱してすまん。

そういえば琥珀さんが色々と手回ししてくれたおかげでN市のハウンドドッグとしては、猫状態の俺のことを《剣帝》だと認識してくれているんだっけか。


「そうそう、だかられー君が考えたことを花音お姉さんが琥珀さん達に伝える。N市の偉い人も納得する。さあ、れー君の力を見せるときだよ!」


だったら仕方がない。俺がいた方が花音も琥珀さんもやりやすいだろうし。

俺も花音についていくよ。

申し訳ないけど、俺達はこのまま支部に直行するから2人は自由行動してもいいぞ。


「2人ともごめんねー」

「いえ、花音さんと玲紀さんが忙しいのは分かっていますから」

「花音先輩、あたし達も行ったほうがいいんじゃないですか? 同じチームなんですし」

集団ネームレスの件で、事後処理やらなんやらで色々とやらないといけないんだよね」


虚ろ《ホロウ》の残党の件もあるだろ?


「れー君ありがと。それもあるんだよねー。だから今日は申し訳ないけど―――」

「それなら私も」


澪ちゃんが食い下がろうとしたが、花音は首を横に振った。


「本当にごめんね、偉い人直々の指名で断れないんだ。澪ちゃんは次の会議で呼ばれることになるから今日は出なくてもいいって琥珀さんが言ってたの」

「そうですか……」


少し落ち込む澪ちゃん。そんな澪ちゃんに結花が声をかける。


「そこまで落ち込まなくても大丈夫よ。上からの指示なら仕方がないわ。おそらくだけど、澪はまだ中学生でしょ? 白坂さんの配慮なんじゃないかなって思うの」

「配慮、ですか」

「ええ。花音先輩や玲紀のような既にストレイドッグとして第一線で活動している人と違って、澪はまだ学生だし親御さんのこともある。もし、あたしが白坂さんの立場だったら同じことをしていたと思うわ」

「結花ちゃんの言う通りだね。私も澪ちゃんには親御さんや友達との時間を大切にしてほしいもん」


俺も2人の意見と同じだ。俺や花音はこいずみ園で育ったから親というものをあまりよく知らない。その代わりに姉や兄は大勢いたが。

集団ネームレスの時はお盆という大事な時期にパトロールで連れまわしてしまったし、その分親御さんとの時間を大事にしてほしい。


「確かにみなさんの言う通りですね。ところで、花音さん達はどうやってN市まで戻るのでしょうか?」

「やばい、忘れてた!!」


俺も完全にそのことを忘れていた。

いつもはN市内で活動しているせいで、日ごろ市外へ出向くことはなかなかない。

今から新幹線のチケットを取れたとしても16時の会議には間に合わないだろうし、琥珀さんには何て言えばいいんだろうか。

お前、もしかしてチケット取ってたりする? 


「今、忘れてたって言ったじゃんー」


……そうだよな、すまん。

とりあえず遅刻するのは確定なので、琥珀さんに連絡を入れないと。

「あの……花音先輩、玲紀」

「んー?」


おずおずと俺達に声をかけたのは結花だった。

結花の手を見ると何やらチケットらしきものが2枚あるのが見える。

もしかしてそれは帰りの新幹線のチケットでは……?


「ええ、こんな時もあろうかと念のために取っておいたんです。花音先輩だけでなく、玲紀の分もあるので2枚ありますよ」


マジ? 嘘じゃないよな?


「大マジよ。ちなみに白坂さんには会議の開始時間を遅らせてもらうようにお願いしてあるの。今は14時30分だから……そうね、ここから駅まで移動して色々と含めると向こうには17時前には着くと思う。会議は17時半から始まるようにしてもらったから安心して」


チケットの手配、会議のリスケ、行動時間の把握まで何から何まで完璧すぎる。

ぜひハウンドドッグを辞めてストレイドッグへ転身した際はうちに来て欲しい。


「結花さん、流石すぎます」

「結花ちゃん、私の秘書にならない?」

「考えておきますね」


断る際のニコッと微笑む姿も様になっている。

花音の秘書になるぐらいなら琥珀さんの秘書になったほうが絶対良いと思う。

ここまで出来るなら琥珀さんも泣いて受け入れてくれるだろう。

澪ちゃんが天使なら結花はパーフェクト美少女と言ったところか。

ちなみに結花。澪ちゃんをどうするかはもう決めてあるのか?


「もちろん。澪のご両親と事前に連絡先を交換してあるの。帰りが遅くなりそうならあたしの家に泊まらせたいと申し出たら即OKが出たわよ」

「「は、はえー」」


花音と澪ちゃんは驚きのあまり固まってしまった。

冷静に考えるとツッコミどころしかないのだが、ここまで完璧すぎるともはやツッコミを入れるのが失礼なのかもしれない。

ハウンドドッグは早急にこの子を今のうちから囲い込んでおいたほうが良い。

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