第3話

「小泉さんたちに予め言っておかなければならないことがありまして」

「ええと、何でしょうか」


皆瀬の発言で背筋をピンと伸ばす花音。

つられて俺もなぜか背筋を伸ばしてしまった。


「先ほども言いましたが、私たちはこれからチームとして活動しますよね。そこで提案なのですがお互いを名前で呼びませんか? 花音さんと玲紀さんは同じ小泉なので……呼びにくくて」

「そうですよね、なんかすみません」

「後、花音さんについては私と話す際は敬語を使わないでください。年上ですし、バスターとしても先輩ですから」

「あ、はい」


あの花音が年下のペースに流されてるぞ、ぷぷぷ……!


「れー君?」


花音の冷たい眼差しを感じた俺は即座に媚びを売ることにした。

流石、大人な花音さん! 花音さんの作る肉じゃがは最高だもんなぁ! また食べたいなぁ!


「えへへ、今度作ってあげるね!」

「チョロすぎ……」


結花、それ聞こえてるからな。


「卯月さんも遠慮なく、名前で読んでもらって構わないので……澪、これからよろしく頼むわね」


と、笑顔で澪ちゃんに握手を求める結花であった。


「は、はい! まだ未熟な部分もあるかと思いますが、よろしくお願いします!」

「誰だって最初は未熟者よ。私もそうだったもの。困ったときは相談してね」

「結花さん……」


トロンとした目で結花を見つめる澪ちゃん。

さっきから思うんだが、花音だけでなく澪ちゃんまで掌握するとかこの人凄くね? 何者だよ。


「どこにでもいる普通の女子高生よ」


さも当たり前かのように言うが、全国の女子高生が彼女と同じであったら恐ろしいと思うぞ。

であれば今頃、特異犯罪は全て解決している上に琥珀さんの仕事量も減るし、俺達も楽になれる。


そういえば花音と同じぐらい、俺の思考を読み取れるのはなんで?


「肝心のことを言ってなかったわね。私には親友と呼べる友達がいてね。だけど2年前、特異犯罪に巻き込まれて以来、声が出せなくなったの」


犯人はもう捕まったんだよな?


「犯人はすぐ捕まったわ。それで数週間後に死刑執行されてもうこの世にはいないわ。その後、医者に診てもらったけど失声症って診断されたの。カウンセリングとか色々と手は尽くしたけど効果は得られなかったわ」

「結花ちゃん。それがれー君の思考を読み取れるのと、どう関係しているのかな」


花音からの問いに対し、彼女は過去の出来事を思い出しているのだろう、声を震わせながら段々と辛そうな表情を見せていた。

もしかしたらトラウマだったのかもしれない。

俺が花音へ、これ以上は聞くのを止めるよう言おうとした。

だが結花は首を横に振ることでそれを拒否した。

これだけは言わせてほしい、と。


「最初は筆談もできないほどだったんです。だから表情や仕草から何を考えているかを読み取らなければならなかった。でも試行錯誤していったおかげで、今では完璧に会話が出来るようになったんです」


―――結構大変だったんですよ?と、言いながら苦笑していた。


どれほどの苦労を経験したのだろうか。

俺は当事者ではない。

だから彼女に『大変だったね』なんて、労いの言葉をかけることなんか出来ない。

今まで彼女は頼れる人もいなかったのかもしれない。親友と呼べる人が苦しんでいる姿を黙って見ていられず、出来る限りのことはしてきたのだろう。

でも、今なら? そう俺達がいる。

だったら―――


「結花ちゃん」


普段、チャラけている様子の花音が真剣な眼差しで、結花を見つめる。


「私もね、結花ちゃんの気持ちはよく分かるよ。似たような経験をしていたから」

「そう、だったんですか……」

「うん。あの頃は周りに頼れる人がいなくて大変だった。けれど今なら結花ちゃんには頼れる人がたくさんいる。そう、私たち3人だけでなく琥珀さんや、れー君の知り合いも」

「……」

「だから遠慮なく頼っても―――ううん、同じチームだからこそ頼って欲しい。結花ちゃんがさっき言っていた『チームとして活動』するのだから。そういうもんでしょ?」

「……ありがとう、ございます」


しばらく間をおいてから結花は花音へ礼を述べた。

それに満足したのだろうか、花音は納得した様子で何度か頷くと思い出したかのように「あっ!」と声を上げた。


どうしたよ。もしかしてお腹でもすいたのか?

食いしん坊の花音のことだろうから―――


「違うよ、結花ちゃんがどうしてバスターになったのかを聞くの忘れてた! 結花ちゃんが凍結能力クリオキネシスなのは分かったの。バスターになったのはもしかして友達のため?」


確かに。異能や俺の思考を読み取れる理由は分かったが、肝心のバスターを目指すきっかけをまだ教えてもらっていなかったな。


「私がバスターを目指すきっかけとなったのは、親友が特異犯罪に巻き込まれたからですが……」

「そっかー。私もね、バスターを目指そうって思ったのはね。れー君がとある事件を起こして危険性帯有特異体監督署に収監されちゃったからなの」

「特異体が事件を起こしたら収監される場所でしたよね」

「そうそう。当時は何もできなくてめちゃくちゃ悔しかったから、何としてもれー君に会いたい一心で色々と勉強したんだよー。そうしたらさ、数年後にれー君がハウンドドッグからストレイドッグへ転身して、独立しているのを知ったんだ」

「え、そうなんですか?」


驚く結花に花音は相槌を打ちながら、俺を見る。

こいつの言う通りだよ。

花音を助けようとして、ある事をやらかしてしまってな。紆余曲折を経て今に至るというわけだ。

まあ花音が言ったように、俺は今フリーランスで活動している。

そして花音も同じフリーランス―――ストレイドッグとして活動してるってわけだ。


「花音先輩、普通ならハウンドドッグの育成機関などを経て、バスターになるはずですが……」

「あはは……。普通なら、ね」


気まずそうに再びこちらを見る花音。

わかったよ、お前の代わりに俺が説明しておくから。

こいつはな、皆が経験するであろう段階を飛ばしていきなり俺に弟子にしてくれって頼み込んできたんだよ。


「……は?」


面を食らったかのような顔をしているけど、マジだぞ。

幸い、花音も特異体で異能持ちだから教えられることは訓練と座学などで全部教えたさ。

俺みたいにハウンドドッグからストレイドッグじゃなく、いきなりストレイドッグで活動しているんだからな。

結果はちゃんと出しているし、俺の相棒として今は第一線で活躍出来ているから凄いだろ?


「れー君がそんなことを思っていたなんて……へっへっへ。お姉ちゃん泣いちゃいそうだよ!」


人前で言うべき内容じゃないな、顔真っ赤になりそうだわ。

あー、なんだかお腹がすいてきたな? 飯食わないと死にそうだわ、どうしよう。


「照れ隠ししているれー君も可愛い! よーし、ここはお姉ちゃんがみんなにご飯をおごってあげよう!」


大丈夫か? お前、明日死ぬのか?

澪ちゃんはどうすればいいのか分からないっていう顔してるし、結花も口をパクパクしてるじゃねえか。


「ふふん、一夜の女王ワンナイトクイーンの実力を甘く見てもらっちゃ困るね!」


さいですか、お前がそう言うなら別に良いか。

ノリノリで一夜の女王ワンナイトクイーンって言ってるのは良いんだな……。

結花や澪ちゃんは何処で食べたいとか希望はあるか?


「私はどこでも大丈夫です」

「うーん……」


結花、遠慮なく言ってくれ。あいつは機嫌が良いし、今なら叙々苑とか連れて行ってくれるぞ。


「大変言いにくいんですが、ファミレスに行ってもいいでしょうか?」

「叙々苑じゃなくていいの?」

「普段、定期的に家へ来てくれる家政婦さんが料理を作ってくれているので……」

「へぇ、ふーん? じゃ、じゃあファミレスにしようかー」

「ありがとうございます、花音先輩!」


とんでもない発言が出てきたが俺達は全力でスルーすることを決めた。

マジで結花は何者なんだ? 琥珀さんに聞けば教えてもらえるのだろうか?

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