第十六話 大火❹

「ウヤク殿、大丈夫か!」


セイは肩を落とし、ぼろぼろになったローブを身につけているウヤクに声をかけた。


セイの声は確かにウヤクに届いていた。しかしウヤクは言葉も視線も返さない。


セイはウヤクの隣に立つ男を睨みつけた。


「貴様の仕業か」


「おいおいそんな怖い目で見るなよ。姫様には手は出してないぜ。まぁ森に火ぃつけたのは俺だけどな」


セイは男の態度に拳を強く握りしめた。


その様子を見ていた狼ローナは鼻でセイの足をこづいた。


「セイ、あんた冷静になんな馬鹿」


「す、すまない姉さん」


一人と一匹のやり取りを見ていたタイカは驚いた様子を見せている。


「何だよ喋る狼とは珍しいな、おい野生児くんその狼俺に売ってくんねぇか」


「じろじろ見ないでよハゲ!あたしは売りもんじゃないわよ」


「あはは、見た目通り気が強えな、まぁ今用があんのは姫様だけだからまた今度な」


「行かせると思うか」


タイカの前に立ち塞がるセイ。タイカとローナが話しているわずかな隙に魂操術で高速移動し距離を詰めていた。


「お前に俺が止められるかね」


「セイだけじゃ無いわよ」


タイカの背後にローナが構えた。


「へぇ、そんなに姫様が欲しいか」


「ウヤク殿は恩人だ。守らねばならぬ約束もある。何処の馬の骨とも知らん奴に連れて行かせるつもりは無い」


「いいねいいね、姫様はこうやって奴隷を作ってたわけだ」


そう言いながらほんの一瞬ウヤクに向けられたタイカの目を見逃すセイではなかった。自分から視線がそれた瞬間、すぐ様兎の様に跳躍するとタイカの懐に潜り込み、渾身の正拳突きをタイカのみぞおちに突き出す。その拳は確かにタイカを捉えていた。しかし悲鳴をあげたのはタイカでは無くセイだった。


「ぐあぁぁ」


歯を食いしばるセイの手の甲は火傷で指の皮がめくれ血が滲んでいる。


「セイ!」


「大丈夫だ姉さん」


セイは冷や汗を滲ませ手を押さえた。


タイカはその様子を楽しそうに眺めている。


セイは一体何が起こったのか完全には理解できなかったが、直接触るのは危険だと考え腰の鉈に手をかけた。距離を取りタイミングを伺う。


「おいどうした、来ないのか野生児くん」


タイカは右手の人差し指をくいくいと動かし、セイを挑発した。


「そんな挑発には乗らんぞ」


そう言いつつもセイの眉間には皺が寄り目つきが鋭くなっていく。


「セイ!落ち着けって言ってんでしょあんた」


「わかってる!」


セイは鉈を構えにじり寄るように慎重にタイカに近づいた。


「逃げてセイ!」


タイカの後ろにいたローナは何かを見つけたのか突如叫んだ。


タイカはセイを挑発しているのとは逆の左手を腰に当てるように構えている。その手のひらはセイから見ると死角になっており、タイカはセイの見えないところで小石ほどの小さな火球を作り出していた。


ローナはそれを見つけ、セイに呼びかけたのだ。


しかし気づくのが少し遅かった。


ローナの声とほぼ同じタイミングでタイカの左手から高速で放たれた火球は、セイの右鎖骨を貫通し、火球の軌道をなぞるように風穴を開けた。


セイは右手に持っていた鉈を落とし鮮血を撒き散らしながらその場に倒れ込む。

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