第十七話 セイ❶
痛みで呼吸はいつもの間隔を見失い、視界は滲んだように全体が黄色や赤が揺らめいている。目の前にいるはずの男の姿はどうにも視認できそうに無い。
「セイ!しっかり!」
視界の隅から声がする。それが姉だと気づくまでに何秒経っただろう。
「セイさん!」
もう少し離れたところ、姿は見えず揺らめく炎の中からそれは聞こえてくる。
「、、、ウ、ウヤク殿」
二人の声はセイが意識を取り戻すのを数秒ばかり早まらせた。揺らめいていた視界は徐々に炎と人間とを識別し始める。自分を射抜いた男の姿が刻々と浮かび上がり、その男が次に何をしようとしているのかも自ずと理解出来た。
その男タイカは、次の火球を右手に既に携えていた。顔はニヤリと口角が上がり、セイにはまるで射的でも楽しむ少年のように無邪気極まりない様子に写った。
「安心しろよ野生児くん、殺しやしないからさ」
タイカは右手を上げると人差し指の先をセイに向け照準を合わせ、撃つ部位が定まると人差し指を曲げて親指に掛け、手前にある火球を人差し指で弾いた。
小さな流星は風を受け、ぼうと鳴きながら超高速でセイの右膝に狙いを定め直進する。
しかし火球は目標に到達することなく軌道をそらした。その火球に対して横から石つぶてが当てられ、相殺しないまでも少しだけ軌道をずらしたのだ。
タイカは石が飛来した方向を見る。そこには銀狼が一匹。
ローナは落ちていた小石を宙返りする様に身を回転させながら、後ろ足で火球目掛け蹴り飛ばしていた。
タイカの顔から一瞬笑顔が消えうざったい羽虫でも見るような目がローナに向けられた。タイカはすぐに取り繕うように再び笑顔になった。
「セイ!走って!」
ローナはセイに次の指示を出した。セイは言われるがままローナの後ろに続いて走った。彼女の先導する先には一面の炎のみが待ち構えている。恐怖に戸惑う暇も無く、ただ姉を信じてセイはローナと共に燃え盛る炎の中へと姿を眩ませた。
「おーい、野生児の丸焼きなんて誰も食わないぞ」
タイカの言葉の通り、このまま逃げ隠れていたらその内丸焼きになってしまいそうな程所狭しと炎が二人を取り囲んでいる。しかし目の前に出て蜂の巣にされるよりも多少の火傷覚悟で炎の中に留まり、反撃の機会を伺うのが得策だろうとローナは瞬時に判断した。
呼吸するたび肺が焼けていく感覚。ローナの毛が焦げ、鼻をつく嫌な匂いがする。辺り一面形を留めない炎の光景は、眼を狂わせ、方向感覚を鈍らせ、まるで闇の中を行くようだった。
「隙を見て真上に飛ぶわよ」
ローナはよく効く鼻で、むせるほどの炭の香りの中からタイカの匂いを嗅ぎ当てていた。
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