第二話 森の民❷
ある日、また騎士が一人入れ替わった。
此度の新入りは故郷の味について古参の騎士達と話している。
それとは全く関係無いが、ウヤクは久しぶりに何か口にしたいと思った。
ウヤクは食事をしなくても飢えることがない。最後の食事がいつの事だったか覚えてはいなかったが、今同行している騎士達とは全く違う顔ぶれだった事は記憶していた。
「何か食べるものはありますか?」
「突然言われましても、、、そうだ、あそこに実っている林檎を取ってきましょうか」
「お願いできますか」
「おい新入り、初仕事だぞ」
一人の騎士が重たそうに腰を上げ、林檎の下で少し跳躍した。林檎は手を掠めその勢いで枝から離れ地面に落ちた。そのへたを摘み拾い上げると、軽く土をはたいてからウヤクの目の前に差し出した。
「ど、どうぞウヤク様」
「ありがとうございます」
「、、、」
「、、、」
いつまでも受け取らないウヤクの様子で、はっと顔色を変えた新入りは何を思ったかウヤクの足元へその林檎を置いた。
「何やってんだお前は」
先輩の騎士が新入りを叱咤し、置かれた林檎を手に取るとそれを近くにあった岩に叩きつけた。
幾つかの破片になった林檎のうちちょうど良い大きさの物を摘み得意げな顔をする。
「こうしなきゃ食べられないだろうが」
ウヤクは改めて差し出された一口大の林檎を咥えると、騎士の腰に差してある剣を見ながらもっと良い方法は果たして無かったのかと考えていた。
自室に戻り、一人果実の美味しさを堪能すると、それを飲み込み、久方ぶりに何かが喉を通る異物感に少々の興奮を覚えた。
そして口にも食道にも一切のものが無くなると綿が抜け薄くなった布団に横になり、目を閉じ、また一日を終える。
____________
その夜珍しく真夜中に目を覚ました。
幾つか見知らぬ気配が外を彷徨いている。実際に目で見ずとも外の何かが騎士では無い事は瞬時に悟る事が出来た。
扉の隙間から冷たい風と共に灯りがちらほらと見え、ウヤクは息を殺してその灯りの明滅に注目した。
物音一つ立てぬ様身体の至る所を硬直させているとしばしば全身つりそうになったが、そうこうしている内に気配は徐々に遠ざかっていき、気づけば扉から見えていた灯りは朝日へと変わっていた。
日が完全に昇ると、ウヤクは外に出た。
外には幾つも林檎の実が落ちていたが風などで自然に落ちる物では無い。
そして林檎の代わりに消えているものがあった。
騎士達の姿が誰一人として無い。
陽の角度からして、普段であればそろそろ外に出ている頃だと思い彼方此方探してはみるが、話し声すら聞こえてこない。
ウヤクは一度自室に戻ろうと来た道を引き返した。
騎士達が任務を放棄して皆国に帰ったのだろうか。
そのような事を考えながら自室の扉の前まで来た時、背後から何者かに首を掴まれ勢い良く扉に顔を叩きつけられた。
昨日の林檎を思い出す。
「いやぁ、突然すまないね、歩いてたらきらきらしたもんが目に入っちまったもんでつい、はははは」
男の声。盗賊か何かだろうか。
顔を押さえつけられているウヤクは、眼球のみ精一杯動かし、自分の後ろを確認した。
男は全部で五人。やはり盗賊の様な出立ちで、先ほど騎士達から奪い取ったであろうウヤクには見慣れた鎧を肩に担いでいる者もいた。
「なんだお前ジロジロ見やがって、俺らが怖くねぇってか」
男はさらに首を掴む力を強め、さらに体を使ってウヤクを押しつぶす様にした。息が出来ず、肋が軋む。
「、、、」
「なんだよ死にたがりかこいつ、それじゃ殺しても面白くねぇな、、、まあとりあえず着てるもんだけよこせ」
盗賊の男は、ウヤクを押さえていた手を離し、ローブに手を掛け捲り上げた。
「おいっ、こいつ女だぞ!痩せすぎてて全然気づかなかったわ、あはははは!」
ウヤクの後ろで五人が高笑いしている。
「すまんすまん、死ぬ前にいい思いさせてやっからよ」
「、、、」
ウヤクは一切表情を変えない。
殺されるのは構わなかったが、これから自分の体が見ず知らずの人間に好き勝手されるかと思うと吐き気がした。とはいえウヤクにとってそれは顔に出す程の事では無い。
ウヤクは毎日自室の布団でしていた様にゆっくりと目を閉じ、時が過ぎ去るのを静かに待った。
待っていた。
しかし一分ほどじっとしていたが何も起きない。
「申し訳ない、手を出してしまった」
先程までの野太い男の声とは違う声がする。葉擦れの様な少し掠れた特徴のある声。
咄嗟にウヤクが振り返ると、盗賊は五人とも地に伏しており、目の前には一人見慣れぬ青年が立っていた。
その青年は長い琥珀色の髪を無造作に後ろで結び、額にはおそらく獣につけられたであろう四本並んだ引っ掻き傷がある。
「私を殺して頂けませんか」
ウヤクは青年に懇願した。
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