第三話 森の民❸
青年はウヤクの瞳を真っ直ぐに見つめている。
青年はウヤクの眼差しにある種の神々しさを覚えた。死にたいというこの人間の目がよほど死とは正反対の強い輝きに満ちていた為だ。
目の前の人は果たして本当に人間なのかと混乱するほど生と死を兼ね備えた眼光は青年を捉えて離さない。
ウヤクもまた同じように見つめている。
「すまないが、それは叶えられない」
青年は目を逸らすとウヤクにそう言った。
「そうですよね、、、すみませんでした」
「我が村の仕来りなのだ、身体の不自由な者を一人置いていくのは申し訳ないが、極力外界とは関わりたくない」
「分かりました、、、」
「貴女が死を受け入れるつもりだったのは見ていて分かっていたのに、、、結果的には迷惑な事をしてしまった、本当にすまない」
「いえ、こちらこそ名も知らぬ方に酷な頼みをしました、忘れて下さい」
「この先しばらく南へ歩いたところに崖がある、そこでならば苦しむこともないだろう」
「ありがとうございます」
ウヤクは少しよろつきながら立ち上がると青年に軽く会釈をし、木々に肩を預けながら南に向かって歩き始めた。
青年は不穏な空気を感じその場に留まった。
「ってぇな、おい」
ドスの効いた低い声が地面に響く。
倒れていた盗賊のうち三人が立ち上がり首の後ろをさすっている。
「てめぇはどこから湧いてきやがったんだ、ガキぃ」
盗賊達の意識が青年に向いている事に気づいたウヤクは、青年を庇おうと元来た方へと引き返した。
「私はあなた方と関わる気は無い、彼女を殺したいならば素直にそうすればいい」
「偉そうに喋んなよおい、邪魔した口で何言ってんだ馬鹿か」
「これから死ぬ者を辱めるのは我が村の仕来りに反する、殺すならば誠意を持って殺せ」
「偉そうに、しらねぇよ仕来りなんてよ、言われなくてもあの女は殺す、ぐちゃぐちゃに犯してから殺す」
盗賊の一人と青年が話している内に残りの二人も体勢を整えていた。
「前言を撤回しろ」
青年は依然強気な態度で盗賊達と対峙している。
盗賊達は警戒した様子でじりじりと青年の周りを包囲した。
「何のつもりだ、極力関わりたく無いと言っただろう」
「前言大きく撤回してやるよ、てめぇもぐちゃぐちゃに痛ぶってから目の前で女を犯して殺してやる」
「刃を向けるなら村の仕来りによってあなた方を殺さなくてはいけないが、それでも良いのか」
「仕来り仕来りうるせぇな、俺がお前の村の村長になって新しく作ってやる、これから死ぬ奴には何やったって良いってルールをな」
盗賊達は全員既に武器を握っていた。短剣が二人、長剣が二人、弓が一人。
青年正面の長剣を持った一人が剣を小さく振り合図を出すと、短剣二人が青年の背後を取りに周った。
もう一人の長剣は弓を引く者の近くへ付いた。
青年は正面の男から目を離さない。
飄と風を切る音が青年の左耳に迫る。
矢が当たる寸前、青年はその場にしゃがむと体を捻りながら矢を打った男の方へ跳躍した。
その距離は10メートル程であったが、青年は一飛びで男の懐へ潜りこんだ。
飛んだ勢いのまま空中で腰を捻り男の左首元へ蹴りを入れる。その瞬間男の首はめきめきと音を立て終いに骨が見えるほど肉が裂け弓を握ったまま男は倒れ込んだ。
隣にいた長剣を持った男の顔に血飛沫が飛び男は反射的に目を瞑る。
男の目が再び開くまでの間に相手の背後を取った青年は右肩に踵落としを命中させ、肩を外した。
男が激痛による叫びと共に剣を落とすと、まず後ろから男の首を捻り沈黙させ、すかさず剣を拾い
20メートル程先の短剣を持った男に投げつけた。
剣は短剣では防ぐ事が難しく、防御ごと男の腹を貫き後ろの樹に磔にした。
矢が放たれてからここまで約二秒。
残るは短剣一人、長剣一人。
一人は短剣を投げつけ、それが躱されたのも確認せず背を向けて逃走を始めた。
その様子を見て青年が指笛を鳴らすと、即座に茂みの中から1匹の狼が現れ逃げる男の太腿を噛みちぎった。男は声もあげず大量に血を流しながら、ひたすらに痙攣している。
狼が食事を始めるなか、青年は長剣の男の顔に拳を突き出す。それに何とか反応した男は剣で拳を防ぐが、拳と瞬刻の差で出ていた蹴りには気づく事が出来なかった。
拳を受けるため踏ん張り開いた足の間に金的が命中する。
青年は気絶し崩れ落ちる男の顔を膝蹴りで粉砕し、瞬く間にこの戦いは決着した。
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