シナバモロトモ
炊ける
一章 聖獣
第一話 森の民❶
そこに人間の気配は無く、まして動物達の気配すら樹木のうろの中から微かに感じられる程度。
木の葉が風で擦れる音のみが時が止まっていない証拠である。
そんな場所で、ウヤクは長い間暮らして来た。
ウヤクの周りには常に10人程の護衛の騎士がついており、皆華美な彫金が至る所に施された鎧を身に付けている。
騎士達は幾年か毎に入れ替わる。
一人髪が太陽を透かすようになり、樹木の根に足を取られるようになると、どこからともなく次の騎士が現れその一人と入れ替わるのだ。
昨日新しく入った騎士が、他の騎士達と和気藹々と話をしているが、その中にウヤクは混ざらない。
騎士達は時折ウヤクの方を見ては何もいなかったかのように視線を戻し、また話をはじめる。
「水浴びをしたいのだけれど、、、」
ウヤクは騎士達の足元を見ながら特定の誰かに向かってという事もなく話しかけた。
騎士達の会話は止まり、それらの中で一番輝く鎧を着た騎士がウヤクの目の前に立ち、ひざまづいた。
「お初にお目にかかりますウヤク様」
これまで何度も聞いた同じ文句。
顔は笑っているような蔑んでいるような。
突然ひざまづくものだから、俯いたウヤクの目に、嫌でもその表情は映り込んでしまう。
それに初では無い。
昨日も幾度となくウヤクとその騎士は目を合わせていた。
「私が水場まで同行致しましょう」
そう言うと騎士はウヤクを抱えて一番近くに繋いでいた馬にウヤクを乗せた。
ウヤクの両足首には重厚な鉄輪がつけられており、それらは互いにウヤクの肩幅程の鎖で繋がれている為、馬に跨ることは出来ない。
騎士はウヤクの後ろにつくと、手を伸ばし馬の手綱を取り、それを少し引くと馬がゆっくりと動きはじめた。
幾分か馬に連れられて行くと、きらきらとした水場が見え、さらに近づくとさらさらと言っていた馬の足音が少し鈍く変わる。
そのあたりで馬の歩みを止め、先に降りる姿勢を取った騎士はゆっくりと足を降ろし、その場にそっとつま先から着地した。
「失礼致します」
騎士はウヤクを抱えて馬から下ろすと、その場でウヤクの身につけているローブの首元にあるボタンを二つ外し、それからローブを膝下からくるくると巻きたくし上げた。
騎士の前で露わになったウヤクの身体には両の腕が無い。肩から少し下がった辺りで無くなっており、丁寧に縫われた傷跡は痛々しくも長い年月によって完全に塞がっている。
ウヤクは真っ直ぐに水の中へ向かった。臍の辺りまで浸かる所へ来ると、かがんで頭まで浸かる。その動作を何度か気が済むまですると、頭を左右に振り
、鎖骨まで有る長い黒髪が含んだ水を元あったところへ帰す。
小さな波紋も立たなくなると、ウヤクは騎士の方へ顔を向けた。
騎士は鎧についた泥を指で弾いていた。
馬の背で暖められていたローブを再び身につけると、来た時と同じ道を馬に揺られて、九人の騎士がいる場所へと向かう。
先程と同じ場所でウヤクを降ろすと、一緒にいた騎士はすぐさま九人のもとへ寄った。
「いや、早速泥まみれですよ、がはははは」
「そんなもん、ちょっとすれば気にならんくなるさ、見てみろこの足、年季が違うだろ、がははは」
そんな会話を聞き流しながらウヤクは自分の部屋へ向かった。
付近で一番大きな樹の横に佇むようにしてある小屋がウヤクの部屋だ。扉には足で開閉出来るようにつま先を引っ掛ける細工が施されているが、立て付けの悪い扉を閉めたところで外の会話は変わらず聞こえ続けている。
部屋の半分を占める布団は、良い夢は見られないが寝る事ができる程度の物で、端の方が破け綿が飛び出している。
これ以上破けないように気を遣っているうち、最近では愛おしさすら覚えはじめた。
ウヤクは布団に寝転がり、じっと足下の枷を見る。
それから緩やかに瞼を閉じ、今日あった事と昨日あった事が全く同じだと確認すると、外がまだ明るいうちに眠りにつく。
こうして彼女の一日は終わりを迎えるのだ。
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