第十九話 どうすんの? 王都で猛牛大暴れ!

 そして、食事を済ませて店を出てからきっかり三十分後。咲季とカッシュは、さきほどと同じ茶店の同じ席に座り、ともに頭を抱えていた。


「はぁ………………」

「はあ〜〜〜〜〜〜」


 結論から言うと、二人は王立魔法学術アカデミーから、文字通りの見事な門前払いを食らってしまったのであった。

 もっとも考えてみれば、この王国の最高学府として名高いこのアカデミーに「あー、すんまへんけど次元転移魔法についてひとつワイらにおせえとくんなはれ」とか言っていきなりやってきた怪しげな女魔導師とトラ猫に「はいはい、それはですなあ……」などと、市役所の窓口のように気さくに対応していただけることなど、あろうはずもないのである。


「そりゃまあ、そうかもしれないけどぉ……」


 顔を上げた咲季が、口を尖らせた。

「べつに、話くらい聞いてくれたっていいじゃない! こっちは、魔法のことで困ってるんだからさ」


 カッシュは、目の前に運ばれてきたアイスティーをストローですすり上げながら返事をした。

「せやけど、向こうはただの学校ガッコ先生センセやさかいな。そんなんいちいち相手しとる義理なんてあらへんっちゅうこっちゃろ」


「そしたらさ。もういっそのこと、この『マドゥル』を見せたらよかったんじゃない? これってものすごい希少レア魔導書グリモアルなんでしょ? アカデミーの学者せんせいたちも、ちょっとは興味を持ってくれたかも」


 マドラガダラの魔導書グリモアルの表紙に手をあてながら、咲季は言った。だがカッシュの意見は、それには否定的だった。


「いやー、それはやめといたほうがええで」

「どうしてよ」

「その魔導書グリモアルは、出処でどころがハッキリしとらんさかいな。とんでもなく古くてとんでもなく希少レアなんは間違いないけど、禁書きんしょの可能性もあるしな」

「禁書?」

「やたら強力で危険な魔法が、ぎょうさん載ってるやろ? 万一、持ってるだけでお縄っちゅうことになったら、ホンマかなわんで。これからも、なるべく他人ひとには見せんどき? とくに、この王都アリアスティーンではな」

「そっか……うーん……」

 カッシュの言葉に、ふたたび長いため息をつきたくなった咲季であった。

 



「それで、これからどうしよう、カッシュ?」


「んん? せやなあ……。そもそも魔法っちゅうのは、商店ショップで値札付けて売ってるもんとちゃうからなあ。地道に修行積んで身につけるか、探索クエストとか取引トレードで、魔法を封じ込めた古道具アンティーク呪文書スクロールを手に入れるくらいしかないやろ」


 茶店での、咲季とカッシュの作戦会議は続いていた。そしていまのところ、いい打開策アイデアも皆無だった。


「ちなみに、カッシュはどうやって次元転移魔法が使えるようになったの?」

「そりゃもちろん、地道な修行の方に決まっとるやろ」

「何年くらい?」

「さあ……百から二百年くらいやろか。なんやったら、サキもそっちで行っとくか? 協力すんで?」

「冗談でしょ? 向こうに帰るまえに、私おばあちゃんになっちゃうわよ」

「せやな。オバアになるまえに、あんじょう覚えられたらええんやけどな」

 とっくに飲み干したアイスティーのグラスの中の氷を、ガリガリかじりながらカッシュは言った。


「ふぅ……。とにかくどっちにしても、もっと情報がほしいわね……」

 そう言いながら、ふと窓の外を眺めた咲季の耳に、大通りの喧騒が飛び込んできた。それはおびただしいひづめの音と、それに恐れおののく群衆の叫び声であった。


「なにあれ……牛?」

「暴れ牛や! それも、メッチャぎょうさんおんで!」


 目の前を通り過ぎていく巨大な牛の群れに、咲季は帽子をかぶり直すと、マドラガダラの魔導書グリモアルを手にして席を立った。


「行くよ、カッシュ!」

「お、おう!」


 どうやら、大通りから続く中央広場では、家畜の公開品評会が行われていたらしい。その中の牛の一頭が、何かの拍子に逃亡してしまったのを機に、そのほかの牛もつぎつぎと縄を解いて一斉に走り出したようだった。

 だが、問題はその数である。少なく見積もっても二十頭は下らない猛牛の大群が、その黒光りする巨体と鋭い角で周囲の人々に襲いかかろうとしていた。大通りはたちまち、阿鼻叫喚あびきょうかんのパニックとなっていた。


「えらいこっちゃ! っといたら大変な被害になるで?」

「うん、魔法でなんとかできないかな」


 マドラガダラの魔導書グリモアルのページをめくりはじめた咲季に、カッシュはあわてて言った。

「ちょぉ待ちサキ、攻撃魔法はアカン!」

「なんで?」

「このまえのオークやゴブリンみたいに、焼夷弾魔法ファイアナパームでまとめて丸焼きローストにしてみぃ? 料理店レストランは喜ぶかもしれんが、牛の持ち主はみんな大損や。あとで、ごっつい賠償金を請求されるかもしれんで?」

「そんな……それじゃ、どうすれば……」



 そのときである。大騒動を前に躊躇ちゅうちょしている二人のそばを、銀色に輝く全身甲冑フルアーマーとマントを装備した数人の人影が猛スピードで走りすぎようとしていた。それは、そこらの探索者には及びもつかないほど巨大なかつ凶悪な武器を手にした、屈強な騎士の一隊パーティーであった。


「急げぇっ、ヴェルチェスカ! 遅れるな!」

「は、はいっ、団長閣下!」


 先頭を走る騎士が、少し遅れて最後尾をついてくる騎士を大声で叱責した。彼らのまとっている甲冑アーマーの胸当てに、赤色も鮮やかな薔薇のエンブレムが刻印されているのが咲季にも見えた。


「ねえカッシュ、あの人たちは?」

「ああ、ありゃ王国魔獣騎士団のネエちゃんたちやな」

「姉ちゃん? って、まさかあの人たち、女なの?」


 驚きの声を上げる咲季に、カッシュは意気揚々と答えた。


「せや、人呼んで『薔薇ファング・オの牙ブ・ローゼス』。王国でも指折りの魔獣騎士ビーストナイトや!」




続く


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