第十八話 二人は今宵、朝まで楽しみマッセ!

 現在の時刻は、午前六時ちょうど。星空が白みはじめ、王都アリアスティーンに朝がやってきた。

 まだ街は眠りから覚めぬまま、大通りに人影はない。だがそこに、ちょうど反対同士の方角から歩いてきた一人と一匹が、互いにその顔を見合わせた。


「……あら」

「……おぅ」


 どうやら咲季とカッシュは、この中心街セントラル徹夜オールで満喫した模様である。咲季は、中身アイテムをパンパンに詰め込んだバカでかい帆布製背負袋キスリングに加えて、両手にはいくつもの手提げ袋を抱えていた。


「なんやその格好カッコは? 登山合宿キャンプに出発する山岳部員かいな」

「そっちこそ、それなによ?」


 カッシュは右肢にみたらし団子と醤油団子と三色団子を、左にはごまあん団子とずんだあん団子とつぶあんよもぎ団子を器用に持ち、さながら鋼鉄製の鉤爪アダマンチウム・クローを生やしたアメコミヒーローのようであった。


「せやサキ、見てみぃ! ついにこの王都アリアスティーンにも、和菓子屋が開店オープンしたんや! まあ、今んとこ団子と饅頭まんじゅうしかあらへんし、正直ショージキ味もまだまだやけどな。せやけど、この剣と魔法のRPG『ドラファン2』で和菓子を売ったろうっちゅう心意気がエエやないか! ジャガイモやトマトが出てきただけで、似非中世ナーロッパ呼ばわりして発狂するヤツらにいっぺん食わせてやりたいでホンマ」


 興奮気味に力説するカッシュ。この猫の和菓子好きは話には聞いていたが、実際に食べているのを見るのははじめてである。もちろん彼は、王都の新しい名物になるであろう饅頭や団子を、すでに夜通し堪能してきたにちがいない。串を両手に持ち、甘いのとしょっぱいのを交互に味わっている姿を見ながら、咲季はカッシュが糖尿病にならないかとすこし心配になった。


「ほんで、そっちは何をうてきたんや?」


 カッシュは、団子をムグムグ食べながらたずねた。


「あ、うん」


 咲季は背負袋を地面に下ろし、中のアイテムを取り出しはじめた。


「まず、これが寝袋シュラフでしょ? 一人用のテントにランタン、焚き火用の着火剤。それからフライパンにナイフにケトルにコッヘル……」


 つぎからつぎから出てくるソロキャンプ用品を、ポカンと口を開けながら怪訝けげんな表情で見つめるカッシュ。


「これはなんや?」

「折りたたみ式の椅子チェアよ。ハイバックタイプだから、ほら」


 そう言いながら、咲季はその椅子チェアを手早く組み立てると、そのままそこに腰掛けてみせた。


「……ね? ここの背もたれがゆったりしてて、なかなかいいでしょ?」

「ていうかジブン、迷宮ダンジョンん中でどんだけくつろぐ気やねん」


 その言葉に、咲季は道具を背負袋にしまいながら口を尖らせた。


「べつにいいじゃない。快適に過ごせたほうが、旅のストレスも溜まらないし」

「そんなん言うたかて、ちょいと荷物多すぎやろ。こない持って歩かれへんで」

「ああ、それなら大丈夫よ……マドゥル!」


 咲季の声に応えるように、彼女の手にしていたマドラガダラの魔導書グリモアルが、ふわりと宙に浮かんだ。そして、とあるページがひとりでに開かれると、地面に置かれていた荷物がすべて、瞬く間にそのページの中に飲み込まれてしまったのだ。


バタン!


 大きな音を立てて、ふたたびページを閉じた魔導書グリモアル。咲季は、ゆっくり戻ってきたその本を手にすると、カッシュに向かって軽くウインクした。


魔導書グリモアルの中に、『収納魔法ストレージ』のページがあったの。別次元に転送してるから重さもないし、いつでもどこでも取り出し可能よ」

「はえ〜。いったいどこまで便利なんや、その魔導書ホンは」

 いつの間にか、マドラガダラの魔導書グリモアルを完璧に使いこなしている咲季を見て、カッシュは驚嘆するしかなかった。


「カッシュも、試しにこの中入ってみる? 意外と居心地いごこち悪くないかもよ」

「カンベンしてぇな。そんな本に挟まれて、平べったくなんのはイヤやで」


 そんなことを言い合いながら、二人は商店街をあとにして歩きはじめた。




「それにしてもサキ。あないぎょうさんの商品モン、ひとりでよう買えたな。人見知りはどうしたんや?」


 咲季とカッシュは昨晩からの疲れを癒すべく、手近な茶店に入って軽食を注文した。王都の中心街セントラルは、ようやく人々が往来する時間となっていた。


「うん、それがね。いろんなお店を回ってアイテムを見てるうちに、私もなんだか気分がハイになってきちゃってさ。気がついたら、けっこうお店の人とも会話できてたのよね」


「ふーん。そんで、アッチのほうは大丈夫やったんか?」

「アッチって?」


 カッシュは周囲を見回すと、声のトーンを落として咲季の耳にささやいた。

「アレやがな。ほら、サキュ……の尻尾シッポ! 夜んなったら、ジブンのおいどから飛び出してきとったやん」


「あー、どうだろ? きのうはずっと買い物に夢中で、淫靡ヘンな気分になってるヒマなんてなかったし」

「なるほどな。ようするに、それどころやなかったっちゅうことか」


 咲季の最大の弱点ウィークポイントである、人見知りと淫魔サキュバス特性。このふたつを克服するカギが、ひょっとするとそこにあるのかもしれないと、カッシュは感じていた。



「ところで、これからどこに行くんや?」

「とにかく、次元転移魔法のヒントがほしいのよね。となると」


 そのとき、茶店の給仕ウェイターが注文の品を運んできた。

「お待たせいたしました、朝定食二人前でございます」


「やっぱり、魔法のことといったら、あそこしかないでしょ?」

「せやなあ、まあアッコしかないやろな」


 テーブルの上でほかほかと温かい湯気を上げる料理を前に、咲季とカッシュは口をそろえて言った。


「王立魔法学術アカデミー!」




続く


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