第十七話 ショッピング・マニアは眠らない。
「サキぃ〜〜〜〜、まだか~~~~、まだなんかぁ〜〜〜〜」
この店に入ってから、カッシュはもうかれこれ何十回となく、延々とこの言葉を繰り返していた。そして咲季からの返事は、ただの一度すらも発せられることはなかった。
店の主人はカッシュの言いつけどおり、倉庫に眠っていた最高級の魔導師の
「これは発色は悪くないけど、ちょっとここの縫い目が甘いわね。でも、あっちのほうは……」
小さい声でそうつぶやきながら、
「あーぁ、オンナの買い
ため息混じりに、そう言って
「なぁ〜〜〜〜……」
試着室の前の床の上で寝そべりながら、身長が三倍くらいに伸びに伸びていたカッシュに、はじめて咲季が言葉をかけた。
「……これに決めた」
「ホンマ?」
跳ね起きたカッシュの目前でカーテンが開き、一着の
色は闇夜のような黒を基調に、魔術を司る赤と、高貴さを印象づける紫。けっして派手ではないが、さまざまな紋様や装飾が、名のある職人たちによって細部に至るまで入念に施されており、なんとも見事な逸品である。職業柄、堅牢な
「どうかな、カッシュ……?」
「っはぁーっ! ええやんええやん! よう似合ってんでぇ、サキ!」
咲季はちょっと照れたような表情で、頭にかぶっていた帽子のつばに指をかけた。幅広で、比較的オーソドックスな形状のとんがりハットも、咲季のつややかな黒髪と長い耳によくフィットしている。小脇にマドラガダラの
「おお、なんとも勇壮かつ優美なお姿です、お嬢様! 長年この商売をしておりますが、この
ふたたび姿を見せた店主は、最大限の賛辞をもって咲季を褒め称えた。その表情は、ほぼ言葉通りの
「ほなご主人。これぜーんぶ、いただいてくでぇ」
カッシュは金貨の入った袋を開け、
「ありがとうございました、エルフの魔導師様!」
深々と頭をさげる店主をあとに、カッシュと咲季は店の外に出た。
「ふーん。あの主人、さすがに『またのお越しを』とは言わへんねんな。まあ、無理もないか」
「なんで?」
「そらそやろ! ジブン、その服選ぶのに八時間かかってんねやで?」
正確には、八時間二十七分三十六秒である。
「ウソぉ? ……あー、ごめんねカッシュ。私、ああいう
顔の前で手を合わせて謝意を表す咲季に、カッシュはやれやれといった表情を浮かべた。
「まあ、気に入ったんが見つかったんならええわ。もう夜も更けてきたし、どっか泊まる
「え? なに言ってんの?」
「は? なにってなんや?」
カッシュの言葉に対し、咲季は
「だって、まだ魔導師の
どうやら咲季は、まだまだ
「って、マジかいや……」
咲季の
「ん? なんやこの匂い」クンクン
「どしたの? カッシュ」
「こ、これは……砂糖
そう叫ぶと、カッシュは人ごみの中へと駆け出していき、そのまま姿を消した。大通りの真ん中に一人残された咲季は、肩をすくめると一回だけため息をついた。
「……まあいっか。お金はあるし」
そう言って咲季は、賑やかな看板がひしめく商店街へと足を向けた。
続く
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