第四話 これマジ? 美しすぎる転生ガール

 コホン、と咳払せきばらいを一回。そのトラ猫は、なんとも仰々しく語りはじめた。


「そもそもやなあ、誇り高きワイらの種族『魔導猫ウィズキャット』の歴史は古く四千年の昔にさかのぼり——」


「あー、そういうのいいから。要点だけ正確かつ簡潔に」


 せっかちな咲季さきの言葉に、一瞬苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、カッシュは話を続けた。


「とにかく、ワイはリディメンション……いわゆる次元転移魔法を使えるさかいな。たまーに、あっちの世界に行ってんねん」


「なにしに?」


「そらぁもちろん、甘味処かんみどころめぐりやで!」


甘味かんみって、お菓子のこと?」


「せや。なんたって、現世あっちの和菓子はホンマにサイコーやからな! アカンことやとは思ってんねんけど、こればっかりはガマンでけへん。半年に一度は、どうしても食いとぉなるんや」


「ふーん」


「まずは、あんみつ! 銀座の若松に神田の竹むら、浅草の梅園と松竹梅三連チャンいってもうたわ。それから満願堂の芋きん、大角玉屋のいちご大福にうさぎやのどら焼きもはずせへんやろ! このあたりのデパ地下にも、ええ店がぎょうさん揃っとるしなあ」


  その力説ぶりから、カッシュがかなりの甘党であることがよくわかる。たしかに、中世ヨーロッパ風味の世界観を持つ『ドラゴンファンタジスタ2』の世界において、和菓子はそうそう手に入りそうもない。

 とは言え、見た目はただのトラ猫の分際で、いったいどうやって名だたる老舗しにせが誇る極上の甘味にありついているのか。まあ、その件については深く追求しないでおくことにした咲季だった。なんか長くなりそうだし。


「もうわかったから、そろそろ話を進めて」


「まあそんなわけで、前の日にちょっと食いすぎてな。うっかり寝坊してもうてん。ほんで、吉祥寺アッコの商店街にある店の羊羹ようかんに並ぼう思うて急いでたんや。知っとる? 『ざさ』ってトコやけど」


 その店のことなら、咲季も噂を聞いたことがある。名物である幻の羊羹を目当てに、早朝から多くの客が列をなしているらしい。彼女は、店頭でおばあちゃんたちと一緒に行儀よく並んでいるトラ猫カッシュの姿を想像した。


「それで、あの交差点にいたってわけ?」


「せやで。あんときトラックの運転手、寝ぼけとったやろ! メーワクなやっちゃでホンマ」


 寝ぼけていたのはお互い様のような気がしたが、咲季はだまって聞いていた。


「そしたらアンタや、姉ちゃん。ワイがかれそうになっとるとこにアンタが飛び出してきて」


「……!」


「ワイは、あわてて次元転移魔法を使ったんや。それで間一髪、なんとか無事にこの『ドラファン2』の世界に戻ってきたっちゅーわけやな」


「それじゃ、あのとき私がカッシュを抱きかかえたから……」


「魔法に巻き込んでしもたんや。それはまあ、スマンかった」


 カッシュの説明に、咲季はいちおう納得の表情を見せた。自分とカッシュがキズひとつ負わなかったのは、結果的に喜ぶべきことには違いない。


「……まあ、いろいろとツッコミどころはあるけど、とりあえず経緯と事情はわかった。で?」


「で? って、なんや」


「なんや、じゃないでしょ。その次元転移魔法とやらで、さっさと私を元の世界に戻しなさいよ」


「アカン」


「えっ?」


「そりゃあ無理や」


「な、なんでよ!」


「それも、聞かんほうがええんちゃうかなー」


 咲季は、チッと小さく舌打ちをすると、ふたたびカッシュの首根っこを掴み、右手の握り拳・別名「わからせハンマー」の振り下ろし先の照準をその頭にロックオンした。


「ああもう、わかったわかった! ちゃんと言うから、離せっちゅーねん!」


 咲季の手から解き放たれ、床に直立したカッシュは、無言のままゆっくりと両方の前肢を自分の両耳付近にあてた。そのポーズはまるで、咲季自身にもそうしろとうながしているかのようだった。


「……?」


 意味もわからず、カッシュと同じように両手を顔の横へと近づける咲季。そのとき、彼女の長い黒髪がハラリと揺れ、なんとも奇妙な肌触りがその指に感じられた。


「こ……」


 そのときはじめて咲季は、美しく磨かれた大理石のようなこの神殿の壁面に、鏡写しになった自分の顔を見た。その両耳は長く尖り、横に大きく突き出している。それは彼女にとって見慣れた、それなのに現実には一度も見たことのない光景だった。


「これって……」


 咲季は、ほんの数分前に発したときをさらに上回る音量の叫び声を上げた。



「私、エルフになってるじゃない!」




「……まあ、そういうこっちゃ」

「どういうことよ! これ、エルフの耳でしょ?」


 自分の姿を目の当たりにして動揺を隠せない咲季に対し、カッシュはため息まじりに横を向いた。


「んー、まあエルフなんやろなあ。この物語ラノベのタイトルにも『純情エルフ』がどうたらとか書いてあるみたいやし。知らんけど」


 と、身も蓋もないことを言うカッシュ。どうやら彼自身も、この事態をまったく想定していなかったようである。


「とにかくサキ、ジブンはこの世界ゲームに『転移』してきただけやない。その姿に『転生』してもうてるんや」


「転生……エルフに?」


「こっからの話は、もうちょいと厳しめハードやでぇ」


 そう言ってカッシュは、口元を歪めて笑った。




続く


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