第五話 進め! 目指すはエルフの大魔導師
「よっこらしょっと」
カッシュはそう言って、おしりを大理石の床にぺたんとつけて、
「で、さっきの次元転移魔法の件やけどな」
「うん」
咲季は相槌を打ちながら、自分もその場にゆっくりとしゃがみこんだ。
「べつにワイは、アンタにウラミがあるわけでもイジワルしてるわけでもないねん。ホンマのホンマにでけへんのや」
「どうして?」
「
そう言いながらカッシュは、長く尖った咲季のエルフ耳に前肢を近づけた。彼女は思わずその耳を、両手で覆って隠すような仕草を見せた。
「あのトラックに
咲季はカッシュの話を聞きながら、事故の瞬間を思い出していた。カッシュを抱きしめたときの、あの感触がよみがえってきた。
「たしかに、次元転移そのものは成功した。けどな、同時にワイの魔力が、残らずぜーんぶアンタに吸い取られてしもたんや」
「それで、私は
「せや。魔力を取り込んだ影響で、転生してもうたんやな。おかげで、こっちの魔力はカラッカラ。いまのワイは、ただの
このコッテコテの関西弁のトラ猫が
なお、ここでカッシュの言うところの『魔力』とは「魔法を使う能力または技術」のことであり、「魔法の
「それじゃ、私はどうしたら元の世界に戻れるのよ?」
「せやから言うたやろ? こっからは
カッシュは二本足ですっくと立ち上がり、咲季の方に向かって指を、いや爪を差した。
「サキ、ジブンが次元転移魔法を使える一流の
その言葉を聞いても、咲季はだまってうつむいたままだった。
「あー、サキちゃん? ワイの方からのお知らせは以上なんやけど……聞いてはる?」
彼女の感情がまた爆発するのではないかと思ったカッシュは、あわてて咲季から目を
「あー。ま、たしかに急な話やし、アンタにもそれ相応の心構えちゅーのもあるやろうしな。いや正直ワイも、こういう事態に巻き込んでしもうたのは悪かった思うてるで? ホンマに。でもなあ、こっちもべつにワザとやったわけやないんやさかい。それによう考えてみたら、あのときジブンが飛び込んで
そこまで早口でまくし立てると、カッシュはおっかなびっくり咲季の顔をのぞき込んだ。彼女は鬼気迫る鋭い目つきでカッシュをにらみ返すと、つぎの瞬間、両手を広げてその小さな体を抱きかかえた。
「うわああああ! ゴメンなさい! 許したってぇ!」
必死で命乞いをするカッシュに、咲季はひと息吸ってからこう宣言した。
「やる! 私、この世界で、エルフの
それはカッシュがはじめて見た、咲季という少女の満面の
「それじゃカッシュ、行くよ」
「は? ど、どこ行くんや?」
静まり返った大理石の神殿の中、歩みをはじめた咲季に、小脇にがっちりホールドされたままのカッシュは不安げにたずねた。
「なに言ってるの。一流の
「そらまあそうなんやけど……なんや、ジブンめっちゃやる気なってるやん」
「そりゃそうよ! だって……」
そう言って咲季は、思わずこみ上げてくる喜びを全身で表現した。
「なんてったってここは、剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』なのよ! いままでずっと憧れてた、モニターの向こう側の世界にようやく来ることができたんだもの。しかも種族は、私がいちばん好きなエルフ! もうホント、なにもかも最高の気分っ!」
初対面のときから、クールで無愛想な女の子だとばかり思っていたカッシュは、ようやく咲季の
「ほーん。せやったら、当然コレもわかってるんやろな。この『ドラファン2』は、いちど死んだら
「——わかってる。望むところよ」
そう言って、咲季は決意の微笑を浮かべた。そこに、不安や迷いは微塵もない。それはまさに、ダイヤモンドのように強固にして純粋な輝きだった。
女子高生の小娘をビビらせるつもりだったカッシュだったが、咲季の自信に満ちあふれた表情を見て考えを改めた。カッシュは身をよじって咲季の腕から抜け出すと、そのまま彼女の前に立った。
「サキ、ワイは魔法を使われへんようになってしもたけど、この
「うん。よろしくね、
少女と猫は、握手のような指切りのような、不思議なタッチを交わした。
続く
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