第569話


 陸雄達がドアを閉めて、廊下を歩いていると―――。

 切間と佐伯に出会う。


「あっ!」


 陸雄が声を漏らす。

 切間が顔を怒らせて、陸雄に近づく。


「てめぇ! どの面下げてここに来やがった!」


 切間が陸雄の胸ぐらをつかんで壁にぶつける。

 佐拍と紫崎がそれぞれ切間を押さえつける。


「切間さん―――怒らないで離してやってください!」


「―――お前のせいで三岳は! あいつがどんな気持ちで今まで練習してきたと思ってるんだ!」


「…………」


 胸ぐらを掴まれた陸雄が黙り込んで苦しそうな表情をする。

 佐拍が今にも殴ろうとする切間の腕を抑え込む。


「切間さん! 落ち着いて! ワザとなんかじゃいですよ!」


 切間が腕を抑えられながら、胸ぐらをつかんで陸雄をもう一度壁に叩きつける。


「―――くぅ!」


 陸雄が声を漏らす。

 切間が睨みつけながら言葉を続ける。


「三岳が―――あいつがどんな気持ちでレギュラーになったと思ってるんだ?」


 紫崎が割って入り、切間の陸雄を掴む腕を離させる。

 その力で腕は外れる。

 陸雄が壁に背を向けたまま、倒れ込む。

 松渡が両手で陸雄の体を立ち上がらせる。

 切間が怒りながら言葉を続ける。


「―――お前は二軍選手で練習サボって、便所でひり出した二軍野郎のクソ以下のカスピッチャーだ!」


「俺は…………!」


 陸雄がその言葉に反論を言いかけるが、口ごもる。


「雨でも俺はあんなデッドボールはしない! お前にマウンドを踏む価値などない!」


 切間がそう言い切り、松渡を見る。


「松渡とか言ったな。今日の試合―――お前の方が先発で良かったと思うぜ」


「そうでもないですよ~。雨の中でしたし、雨水で指が滑ることもあるとは思いますよ~?」


 松渡が陸雄のフォローを入れつつ、この場を落ち着かせる。

 廊下いる看護婦や患者に来客たちがこの様子に立ち止まる。


「フッ、切間さん。三岳の病室に行ってくれ。ここは陸雄にいつまでも怒鳴るとこじゃないだろう?」


 紫崎がそう言うと切間は押さえつける佐伯に声をかける。


「佐伯―――離せ。切間のところに行くぞ」


「―――わかりました。岸田さん―――あまりここにいると不味いですから早く帰ってください」


 佐伯が切間の腕を離して、話す。


「おい紫崎。河川敷で言った選手の気品以前にこの最低投手は危険球を治すんだな」


 そう言って切間が紫崎を見る。


「フッ、安心しろ。捕手のハインも同じヘマはしない。結果として勝ちだが、陸雄は反省してるさ」


「―――ふん! お前らが他の高校に勝っても俺はこいつを認めないからな。いくぞ佐伯。こんな投手にならないために今日から練習長くしてやる」


 その言葉に佐伯が喜ぶ。


「これからは毎日俺達と同じ時間まで練習してくれるんですね。三岳さんと監督が喜ぶと思いますよ!」


「ああ、とことんやってやるよ! ―――どこかのクソみたいにデッドボールをしないためになぁ!」


 切間が陸雄に怒鳴るように声を出す。

 陸雄が悔しそうに握りこぶしを作る。


「覚えてやるよ―――岸田陸雄―――お前は最低のピッチャーだ。甲子園出場しても一生俺はお前を軽蔑するぜ」


 去り際に切間がそう言い―――佐伯と一緒に三岳のいる病室に移動する。


「フッ、行こうぜ、陸雄。チームメイト同士でしか分かり合えないこともある。あいつらも―――俺達もな―――」


「デッドボールは気にしない~。いつも以上に投げて忘れよう、ね~?」


 紫崎と松渡が陸雄に元気づけるように言葉を選んで話す。

 陸雄が黙り込んで二人を見る。


「フッ、いつまでもデッドボール引きずってると―――三岳さんに失礼だぞ?」


「…………わかったよ。俺の一人の失投で野球人生が終わることもあるってこと覚えて―――しっかり投げていく」


 辛うじて言葉を繰り出した陸雄がエレベーターの場所に歩いていく。

 紫崎も松渡もホッとして、陸雄に続く。






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