第568話
陸雄達が302号室の部屋にノックをする。
「すいません。三岳さんいませんか?」
陸雄が表札を確認して、もう一度声をかけようとする。
「―――ああ、入っていいよ」
ドア越しの奥から声が聞こえた。
「失礼します~」
松渡と紫崎が入っていく。
陸雄も三岳のいるベッドまで移動する。
「ああ、君達は大森高校の―――」
三岳が半身を起こした状態で陸雄達を見る。
二の腕に包帯が巻かれており、何枚かの湿布が貼られていた。
「三岳さん―――その…………」
陸雄が頭を下げる。
「デッドボールでこんな怪我をさせて―――選手生命を俺が奪って……すいません……!」
陸雄が今にも泣きそうな声で頭を下げる。
三岳が軽く笑って答える。
「デッドボールは気にしないでくれ。今年で辞める野球部が今になって早まっただけだから―――」
「でも腕が…………!」
「利き腕じゃないから、退院したら日常生活に支障はないよ。勉強の時にペンを握れる。マウスもキーボードも日常に支障はないさ」
「でももう二度と野球が出来ないって…………」
陸雄が言いかける前に三岳が窓の景色を見ながら話す。
「陸雄君―――スポーツで人が死ぬことはある」
「―――っ!」
陸雄が言葉を飲む。
三岳が話を続ける。
「そのために準備運動や事故防止の体作りがあるんだ。俺は運の良い方だ。以前にケガもあったしな。君と俺はそういう世界で戦ってきたんだ」
空いた窓から風が吹き。
カーテンが風でたなびく。
「一つの試合で今までの相手高校にデッドボール一つで頭を下げて―――次の試合を気にして負けるかい?」
三岳が質問して、陸雄達が黙り込む。
「それは損だよ」
三岳が質問した自分に自身で答える。
「違うだろ。今度から気をつければ良い。人間は学習するんだから―――胸を張って試合を続けてくれ」
「…………はい、わかりました」
陸雄が涙を浮かべて、鼻をすする。
松渡が質問する。
「三岳さんは野球辞めて、どうするんですか~?」
「フッ、松渡。遠慮の無い奴だな。失礼だぞ」
紫崎が場を和ますために突っ込む。
三岳が窓から視線を陸雄達に戻す。
「大学で教授になるために勉強を今以上に集中的に行う予定だよ。野球を辞めるには良い時期だったよ」
「よかった~。進路がちゃんとあるなら安心です~。僕達も九月で辞めちゃうんですよ~」
「フッ、この陸雄のせいで甲子園に行かせなければいけないんでね」
紫崎と松渡が三岳に楽しそうに話す。
「なら、次から俺たち以上に強い相手に当たることになる。ここで話している暇はない―――俺のことは気にしないでくれ」
「三岳さん…………」
陸雄が心配そうに切間を見る。
「元々一年で練習でケガをしていたのを直して二年で続けた野球だ。今まで持ったのが奇跡だったさ」
陸雄が三岳の言葉で黙り込む。
三岳が言葉を続ける。
「―――最期の試合をありがとう。大森高校野球部。甲子園行ってきてくれ」
―――甲子園。
その言葉で陸雄が顔を上げる。
その目に迷いはなかった。
「絶対に―――行ってきます!」
「うん―――じゃあ帰りなさい。院内のテレビで未来の君たちの甲子園の試合中継を見ることを楽しみにしている」
「「はいっ!」」
陸雄達が一礼して部屋を出ていく。
三岳は怪我した個所を見て―――窓の景色を見る。
「俺の積み重ねてきた野球はここで終わりか―――まだ暑さの残る夏で青春も終わったんだな。今は受験だけに専念するか―――」
そう言って、ベッドに寝る。
※
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます