第560話


 香月高校のレギュラーが守備位置に着く。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「九回表―――大森高校の攻撃です。九番―――ライト―――駒島君―――」


 駒島が左打席に立つ。


「やっと最終回か、淀んだ空気だが、ワシが長野パワーで活躍すればスタンドから黄色い歓声があがる。ワシは空気が読めるからな!」


 駒島が構える。

 佐伯がサインを送る前に―――切間がセットポジションで投げ込む。

 それは怒りによる感情的な切間だった。

 指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛んでいく。

 駒島が出鱈目にスイングする。

 バットの上部にボールが当たる。

 カコンッと言う金属音と共にボールが浮きあがる。

 切間が動かずにフライを捕る。


「―――アウト!」


 審判が宣言する。


「えっ? ワシの出番これで終了? 切ないんだけど―――切なさ炸裂! ってか?」


 駒島がブツブツ言いながら打席を離れる。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校、一番―――キャッチャー、ハイン君―――」


 ハインが右打席に立つ。

 佐伯が無言で立ち上がる。


「―――っち!」


 切間が目を瞑り、唇を少し噛んで敬遠に従う。

 次々とボール球を投げていく。

 四球目のボール球が佐伯のミットに入る。


「―――ボールフォア!」


 球審が宣言する。

 ハインがバットを捨てて、一塁にランニングする。

 雨は降り終わり―――空が晴れていく。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――二番―――ショート―――紫崎君―――」


 紫崎が右打席に立つ。

 中野監督がサインを送り、紫崎がヘルメットに指を当てる。

 切間と紫崎が構える。

 佐伯がサインを送る前にセットポジションで投げ込む。


(切間さん! 感情的になっては負けますよ!)


 佐伯の気持ちは届かず切間の指先からボールが離れる。

 真ん中高めにボールが飛んでいく。

 紫崎がタイミングを合わせて、スイングする。

 打者手前でボールが左に曲がりながら小さく落ちる。


「フッ、今の内―――だ!」


 バットの軸にボールが当たる。

 カキンッと言う金属音と共にボールが高く飛ぶ。

 一塁のハインが走り、紫崎がバットを捨てて一塁に向かう―――。

 レフト方向にボールが飛んで外野フェンスにボールがぶつかる。

 レフトがボールにたどり着く頃には―――。

 ハインがあと少しで二塁へ―――紫崎が一塁に着くまで余裕がある。

 レフトがセカンドに送球する。

 ハインが余裕を持って、二塁を踏む。

 セカンドが捕球する。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 紫崎は一塁を踏み終える。

 ワンアウト、ランナーが一、二塁になる―――。


「フッ、雨が止んだとはいえ地面はぬかるんでいるな。これじゃ迂闊に全速力で走れば滑るか―――」


 紫崎が小声でそう言って、リードを取る。

 セカンドからボールを受け取った切間が歯ぎしりをする。


「ちくしょう! ふざけやがって! こんなやつらに…………!」




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