第473話


「リクオ。試合中に後ろめたさで雑念が入るのはプレイに大きく影響する。早めに済ませて割り切れ」


「―――なんで俺が失恋する事前提で話進めてんだよ! ハイン。お前高校入ってからちょっと意地悪になったぞ」


 ハインと陸雄のやり取りに星川が話題に入る。


「九衞君も紫崎君もそうですが―――ハイン君もなんかそういうことは大人ですよね? 彼女とかいるんですか?」


「―――さぁな。それよりもスイカを食べ終えて、試合の最終調整に入るぞ。スイカには塩が欲しいところだが、そのままでもデリシャスだ」


 ハインがそう言って、食べ終えたスイカの皿を柊に返す。


「お~! はぐらかしちゃいましたね~。アメリカでの中学時代に何があったのやら~?」


 松渡がジト目でニヤニヤする。


「どいつもこいつも色気づきやがって―――ったく、やってらんねぇぜ!」


 灰田が皿を柊に渡して、立ち上がる。


「心配無用だ! 朋也様は将来は私がいるから、安心して野球と勉学に励むように―――」


 中野監督がそう言って、ベンチから立ち上がる。


「……坂崎。俺の選ぶべき初恋相手と貞操観念が中野に全部奪われてる気がするんだが、お前どう思う?」


 灰田が脱力して、坂崎に話す。


「い、いっそ諦めて結婚しちゃえば?」


「もしかして、お前―――俺のこと憐れんでる?」


「そ、そんなことないよ!」


 会話の中で―――錦は黙って、スイカと睨めっこしていた。

 最後の皿を取りに来た柊が錦を見る。


「錦先輩。スイカ食べないんですか? 体の調子が悪いんですか」


 柊がかがみこんで、錦を見る。


「…………」


 無言で錦が黙り込む。

 古川が近くに来て、柊に話す。


「ああ、柊さん。今思い出したけど―――錦君はメロンとスイカ嫌いなの」


「あっ、そうだったんですか! すいません。捨てるの勿体ないので口にしてないなら、私が食べておきますね」


 柊がそう言って、スイカの皿を錦から取る。

 錦が立ち上がって、素振りを始める。

 陸雄達が顔を寄せて、錦を見る。


「錦さんの意外な一面見ちゃったな?」


 陸雄がそう言って、メンバーが少し和む。


「校長はそれ知ってて、わざとやったんですかね?」


 星川が錦に聞こえないようにそう言う。


「俺様もちょっと意外に思ってしまった。メロン美味しいのにスイカもダメとは―――」


「あれで実はマンゴー大好きです~って言ったら面白いよね~」


 松渡が横目で意地悪そうにニヤニヤする。


「ったく、メロンもスイカも食べれない奴が―――兵庫不遇の天才球児とはしょぼい話だぜ」


 灰田がそうメンバーに話す。


「フッ、でも案外親近感湧いたな。校長の計算だとしたらナイスアシストだ」


 紫崎がそう言うとメンバーが納得する。


「み、みんな。誰にだって苦手なものはあるよ」


 坂崎が申し訳なさそうにフォローを入れる。

 話を聞いていたのか錦は無言で素振りに音を立てる。


(錦君。表情に出さないけど―――ちょっと怒ってるな。余計なこと言っちゃったかな?)


 古川が皿を運びながら、錦をチラッと見る。


「古川先輩。後は私がやっておきますから、投球練習やっててください」


 柊がそう言って、ドアを開けて―――すべての皿を受け取る。


「ありがとう―――ごめんね。マネージャーの仕事押し付けちゃって―――」


「良いんです。私にも目的ありますから―――」


 柊の言葉で察したのか―――古川は深入りせずに頷く。

 そのまま去っていき―――。

 大森高校野球部の午後の練習が始まった。




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