第443話


 山田がサインを送る。

 速水が首を振る。


(変化球多様でも俺は指を痛めないさ……完投させる……)


 速水の強い意志で山田がサインを止める。

 ミットを構えると同時に―――。

 速水が投球モーションに入る。

 九衛がジッと観察する。

 指先からボールが離れる。

 外角低めにボールが飛んでいく。

 打者手前でボールが左に急激に落ちる。


「俺様を―――」


 九衛がタイミングを合わせて、スイングする。


「―――舐めるなよ!」


 バットの芯にボールが当たる。


「また初球打ちじゃんか!」


 山田が声を漏らした時には金属音と共にボールが右中間に飛んでいく。

 紫崎とハインがそれぞれ次の塁に走る。

 九衛がバット捨てて、一塁に走る。

 ライトのやや後方にボールが落ちる。

 ハインが三塁を余裕を持って踏む。

 ライトがフェアになったボールをグローブで捕る。

 その間に―――紫崎が二塁を踏む。

 ライトがファーストの久遠寺に送球する。

 久遠寺が塁を踏んで捕球体制に入る―――。

 九衛が一塁を蹴り上げる。

 そしてグローブにボールが入る。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 一塁側スタンドから歓声が上がる。

 ワンアウト―――満塁。

 同点の状況で白石高校は厳しい局面になる。


「久遠寺……早くボールを寄越すさ……」


 言われた久遠寺が送球する。

 速水が捕球して、悔し気に山田を見る。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「大森高校―――四番―――レフト―――錦君―――」


 錦が右打席に立つ。

 ネクストバッターサークルの陸雄が錦を見る。


「なんだろうなぁ。まだ投げていないのにもう点が入る確信で胸が一杯だ。錦先輩って不思議な選手だよな」


 陸雄がそう言った頃には山田が立ち上がる。

 ―――敬遠だった。

 錦は構えを解かない。

 速水が悔し気にボール球を投げていく。


「1点を取らせ、2点取りに賭けたか―――」


 ベンチの中野監督が腕を組んでそう話す。

 スコアブックを書いている古川が話題に入る。


「次は岸田君ですが、速水君には初打席ですね。不謹慎ですが、勝てると思いますか?」


「そのくらいの状況で勝てないようでは甲子園までは厳しい。真価が問われる時があるとしたら―――ここから先だ」


 古川の質問に中野監督が淡々と答える。

 松渡と坂崎が顔を合わせる。


「厳しい注文だよね~。陸雄に同情しちゃうかも~」


「で、でも大丈夫だよ。お、抑えらても1点差の優位があるし、次は下位打線だから抑えられるよ」

 

 坂崎がそう言った後に星川がバットを持つ。

 

「その時は僕に任せてください! 追加点とっておきますから!」


「星川君、頼りにしてるよ~」


 ベンチのメンバーが話している間に三球目のボールが宣言させる。


「速水の奴。1点負けで俺に勝負しに来るのか―――初勝負だし、勝ちに行きたいぜ」


 ネクストバッターサークルの陸雄がそう言いながら、四球目のボール球を見る。


「―――ボールフォア!」


 球審が宣言する。

 錦がバットを捨てて、一塁にランニングしていく。

 三塁のハインが入れ替わりでホームベースを踏む。

 ―――大森高校に10点目が入る。



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