第367話


 ショートの紫崎が不敵に笑う。


「フッ、しょっぱなから初球打ちの二塁打とは気の利いた歓迎じゃないか。同じ一年ながらに対した奴だ」


 久遠寺が塁を踏んで立ち上がる。

 聞こえていたのか―――紫崎にニコリと可愛らしい笑顔を見せる。

 マウンドの灰田が二塁側を見る。


「灰田~。力みすぎ~。九衛にエンジョイ炎上って、大声で言われるよ~」


 そう言って、松渡が灰田に送球する。

 灰田が捕球する。


「お、おおう! び、ビビってねーし!」


「解りやすいけど~、抑えていこうね~。この言葉は単にプレッシャーかけてるわけじゃないからね~」


「…………」


 灰田が答えずに背を向ける。

 二塁を踏んでリードする久遠寺がセカンドの松渡に話す。


「大森高校って、一年ばかりのフレッシュな良いチームですね。陸雄さんが投手だったのは意外でした」


「陸雄の知り合いですか~?」


 松渡が視線を向けて、話す。


「ちょっと前に夜に出会いましてね。トレーニングを邪魔したお詫びにドネルケバブを奢ったんですよ」


「へぇ~、陸雄は石渡さんとデートの後に久遠寺さんとそんなサイドストーリーがあったんだ~。久遠寺さん。柔軟な体つきしてるし、筋肉もあるところはありますね~」


「あははっ♪ それはどうも―――部内屈指の細マッチョですから―――」


 気が合うのか松渡と久遠寺の二人が和む。


「フッ、おしゃべりは良いが。今は試合中だぞ? 続きはどちらかが千羽鶴を渡す時にでも言え―――」


 ショートの紫崎の言葉で塁審に注意される前に二人は黙り込む。

 視線を試合全体に向ける。

 緊張が戻る中で―――灰田が息をゆっくり吐く。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「白石高校―――二番―――」


 二番打者が打席に立つ。

 センターの九衛が守備位置に戻る。


「あの久遠寺って選手―――左右両方の打席に切り替えられるスイッチヒッターだけじゃない。壁に当たったが―――あれは手慣れたギャップヒッターの綺麗な軌道だった」


 九衛がそう言って、定位置に戻り―――構える。

 ギャップヒッターにはない外野手の頭を越えたケースといっても、九衛には違和感が感じられたのだ。


「ちょっと、力入ってんのは同じ一年でも緊張してるってことと―――打たれたチンピラ野郎の球が越えるほどに軽いってことか―――」


 九衛が頬で風の感触を知る。


「この風向きじゃチェリーどころか―――松渡も打たれたら打球が伸びるかもな。中野監督の指示がないなら、やや後退の守備も出来んか―――」


 九衛がそう言っている間に二番打者が構える。

 ハインが灰田にサインを送る。

 灰田が頷いて、クイックモーションに入る。

 指先からボールが離れる。

 内角高めにボールが飛んでいく。

 二番打者がスイングする。

 

(また初球を振ってきた! ―――まずい!)


 バットの軸にボールが当たる。

 久遠寺が二塁から三塁に走り出す―――。

 カキンッという金属音と共にボールがレフト方面に低めに飛んでいく。

 ショートの紫崎が届かずにボールが通過する。

 二番打者がバットを捨てて、一塁に走る。

 サードの大城は股間をかいて、ボケッと立っていた。

 レフトの錦が前に走り込む。

 ショートの紫崎が三塁を踏んで捕球体制に入る。

 ボールが地面に落ちてバウンドする。

 錦が捕球して、すぐに紫崎に送球する。

 二番打者は一塁を踏み終える。

 そのままボールは三塁に送球される。

 久遠寺が余裕を持って塁を踏む。

 紫崎が捕球する。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 紫崎がそのままファーストの星川に送球する。

 ここで送球しなければ一塁から二塁へ出塁するので、必要な送球だった。



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