第368話


 ファーストの星川が捕球して、灰田にボールを投げる。

 ランナーが一、三塁にノーアウトで残塁する。

 灰田が捕球して、深呼吸する。


(落ち着け。ここでスクイズもあるかもしれないが、そうなれば投げた後に前に走ればいいだけだ。満塁ならフォースアウトで対応してアウトカウントを取ればいい)


 灰田が目をつぶり、唾を飲む。

 額に僅かに汗が流れる。

 ウグイス嬢のアナウンスが流れる。


「白石高校―――三番―――」


 三番打者が打席に立つ。

 ベンチの陸雄と坂崎が心配そうにマウンドの灰田を見る。


「お前達―――そんな顔をするな。私も心を鬼にして朋也様を鍛えているのだ。愛だよ、愛の実践指導だ」


 中野監督がそう言って、視線を外さずに試合全体を見る。

 古川が無言で学校の授業を受けるように―――机の上でスコアブックを書いていく。


「灰田ー! ビビんなよー!」


 陸雄がベンチから声を出す。

 灰田の頬が柔らかく膨れる。


(サンキュー、陸雄。こういう時にチームメイトは良いもんだぜ)


 ハインがサインを送る。

 灰田が頷いて、投球モーションに入る。

 クイックモーションなので盗塁はほぼ隙が無い―――。

 そのまま集中して、指先からボールが離れる。

 外角低めにボールが飛んでいく。

 三番打者がタイミングを早めにスイングする。

 バットの軸上にボールが当たる。


(また初球打ち!? 不味いぜ―――ハイン!)


 灰田がギョッと驚く。

 金属音よりも灰田の心臓の高鳴りが体に響く。

 ライト方向にボールが飛んでいく。


「やっぱり、穴を狙ってきたか。俺様が事前に走っているとはいえ―――間に合うか?」


 センターの九衛がライト方向に走る。

 三番打者がバットを捨てて、一塁に走る。

 一塁ランナーが二塁に走り―――。

 久遠寺がホームベースに走っていく。

 ライトとセンターの中間よりやや下にボールが落ちる。


「レンジ―――ふたつ!」


 ハインが指示する。

 跳ねたボールを九衛が捕球して、体を捻るように一回転して送球する。

 松渡が二塁を踏んで捕球体制に入る。

 久遠寺がホームベースを余裕を持って、踏む。


「先制点―――貰いますよ!」


 久遠寺が笑顔で踏み終えて去っていく。

 二塁ランナーが余裕を持って二塁を踏む。

 松渡のグローブに送球されたボールが入る。


「―――セーフ!」


 塁審が宣言する。

 白石高校に1点目が入り―――ランナーが一、二塁に残塁する。

 三塁側のスタンドから歓声が上がる。

 白石高校の日焼けたチアガール達が元気よく応援する。



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