第366話
「みんな交代する時には肩作っておくから頼んだぜ」
リリーフで控えの陸雄はそう言って、ベンチに座る。
坂崎もブルペン用の防具とキャッチャーマスクにミットとレガースを着ける。
大森高校のメンバーがグローブを着けて、守備位置に着く。
ベンチの陸雄が一番打者の久遠寺と目が合う。
久遠寺はニコリと綺麗な笑顔を見せる。
陸雄が少し戸惑って―――軽く頷く。
(奢ってもらった敵とはいえ―――昨日の球友(とも)は今日の宿敵(ライバル)っていうし―――勝ちに行くぜ。それが大会が始まったばかりの頃にハインが言った最大の礼ってやつだ!)
陸雄が投手用グローブを太ももに置き―――座り込む。
キャッチャーボックスに防具を既に着け終えているハインが座る。
マウンドに立つ灰田が白球を握る。
「―――プレイボール!」
主審が宣言する。
ウグイス嬢のアナウンスが流れる。
「一回の表―――白石高校(しらいしこうこう)の攻撃です。一番―――ファースト。久遠寺君―――」
久遠寺が右打席に立つ。
「―――よろしくお願いします」
久遠寺がニコリと笑顔でハインにお辞儀する。
そして灰田を見て、柔らかい表情でバットを握る。
ロージンバックを地面に置いて、灰田がボールを握る。
(ハイン―――情報だと久遠寺は確かスイッチヒッターだったよな? ナックルボールがまだ封印中のこの場面でカーブとフォーシームのストレート緩急でどうするよ?)
灰田がゴクリと唾を飲む。
(まずはトモヤの今日の調子から見るか―――)
ハインがサインを送る。
灰田が頷く。
久遠寺のオーラに少し押されている様子に見えた。
ベンチ側だからか―――監督同様に試合の様子を冷静に観察できる陸雄は気づいていた。
「灰田の奴―――ガッチガチじゃねーか。ああ、不安だぜ! 代わってやりたい」
陸雄がベンチで頭を抱える。
「岸田。朋也様の成長の為だ。甲子園には久遠寺以上の打者がいる―――ここで成長してもらわねばなるまい。交代はまだ許さん」
中野監督が腕を組んで背中で陸雄に答える。
「くぅ! 風は強くないのにアレを投げられねーなんて不憫だぜ」
陸雄がナックルボールを封印する灰田を不憫に思い―――そう呟く。
坂崎は捕手の防具を付けた状態でベンチから立ち尽くす。
(か、考えろ。ぼ、僕なら最初にどのコースに配球させる?)
ハインのサインに頷いた灰田が―――クイックモーションで投げ込む。
指先からボールが離れる。
坂崎は答えを出す。
(が、外角高めで様子を見る―――は、ハイン君ならそうするはず………)
坂崎の予想通りに外角高めにボールが飛んでいく。
久遠寺が柔軟性のあるスイングをする。
灰田のストレートをバットの軸に当てる。
「―――初球打ち! 様子見ないのかよ!」
思わず投げた灰田が声を漏らす。
カキンッという金属音と共にボールが右中間に飛んでいく。
センターの九衛がライト寄りに走る。
久遠寺がバットを捨てて、口笛を吹く。
そのまま一塁に向かう。
ボールがスコアボード下の無人の緑色の壁にぶつかり、落ちる。
九衛がボールを拾い上げる。
その間に―――久遠寺が一塁を蹴り上げる。
「レンジ―――ふたつだ!」
ハインが声を出す。
セカンドの松渡が塁を踏んで捕球体制に入る。
「久遠寺ってバッター……俺様と同じくらい飛ばしやがる―――な!」
九衛が二塁に送球する。
久遠寺が二塁にスライディングする。
松渡が九衛のボールをキャッチする。
僅かに遅れたのか、久遠寺のスパイクが塁に触れていた。
「―――セーフ!」
塁審が宣言する。
相手の三塁側スタンドから歓声が上がる。
久遠寺のツーベースヒットだった。
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