第350話


 何か言いたげだが、紫崎は押し黙る。

 気にせずに切間が言葉を続ける。


「所詮は兄の陰で野球やってる出来損ないの野手の弟だ。兄貴のストラップ程度に過ぎないぜ!」


 切間の言葉に紫崎が黙り込む。

 ハインが立ち上がり、グローブを外す。

 黙り込んでいる紫崎の代わりに話す。


「キリマ。お前は気品の無い奴だな。試合で解らせなきゃダメなタイプだ」


「気品なんて勝負には何の意味もないぜ。私立白石高校の投手である速水に勝てたとしても―――兵庫四強の一つである私立香月高校(かげつこうこう)の投手―――この切間針継(きりまはりつぐ)がお前たちを打ち取る」


 そう言って、切間が二人の中間の場所に指を差す。


「俺の一球でお前達上位打線のレベルが解った―――まず俺の敵ではない。俺達の兵庫四強の前には大森高校もアウトオブ眼中だ。四回戦同士へなちょこ野球でもしているんだな」


 バットを紫崎から受け取ったハインが切間に近づく。


「―――なら、四回戦を勝てたらどうする?」


 ハインがそう言って、バットを切間に返す。

 切間が紫崎にも聞こえるように声を出して、回答する。


「今日会ったあの陸雄って、雑魚と同じセリフだな。その時は俺の投球は五回戦の試合までお預けだ。四回戦でどちらが勝とうが俺たちは勝つ」


 切間がそう言った後に階段を上がっていく。

 

「今年の夏の兵庫最強投手はこの俺だ。紫崎兄弟など過去の栄光にすがる化石に過ぎないぜ。これを機に引退でもするんだな」


 そう言い残して、切間は河川敷から離れていった。

 静かな夕日の沈みかける夜に―――紫崎が声をようやく出す。


「フッ、また兄貴と比べられたか……決勝まで行って兄貴を打ち取らないとな。ああ言われたが、それまでは引退も出来んか……陸雄も絡まれたようだな」


「ボールを受けたオレが捕手ということをキリマは忘れていたな。その変化の軌道をオレは捕手として確かに見た」


 ハインがそう言って、軟式のボールを紫崎に返す。


「フッ、切間の変化球は他にもあるだろうが―――スラーブを見せたのは、それでも勝てるという自信からくる投球だったんだろうな」


「タカシ。オレはここから家が近いから先に戻って良いぞ。このことはナカノ監督に伝えておく」


 紫崎が頷いて、二人は河川敷の階段を上っていく。

 夕日が沈み―――暗い夜が訪れる。

 二人は別方向に離れていき―――それぞれの帰り道を歩いていく。



 夜になったばかりの時間―――。

 勉強会の開かれた図書館から九衛は家に戻っていた。

 食卓での居候先の家族と共に食事をとって、スマホを見ている。

 高校野球のある投手が特集されているニュースサイトを見る。

 動画もあるので再生する。

 動画内でアナウンサーが石川県の高校球児にインタビューをしている番組のようだ。


「どうもー、『月刊さざめけ! 高校野球!?』の山野アナです。今日は石川県の強豪校の北鄭高校(ほくていこうこう)に来ています」


 動画内の女性アナウンサーが一人の投手にインタビューしている動画だった。

 スキンヘッドの野球のユニフォームを着た選手にマイクを当てる。


「二年生で投手であり打率もすごい浜渡修一郎(はまわたりしゅういちろう)君に質問しちゃいます。対戦したい高校はどこでしょうか?」


 名前を呼ばれたスキンヘッドの少年は威圧感のあるオーラを放ちながら、淡々と答える。


「その高校は兵庫県の高校です。各県の代表校だろうか―――兵庫の四強でも、あの球友の錦でも俺は投手として抑えて、打者として打ちます」


「おお! 去年の甲子園出場校にして石川県の名門校のエースから挑戦状ですね。北鄭高校(ほくていこうこう)は今年も甲子園出場今年もなるか? 今年の夏に期待しましょう」


 動画がそこで再生が終わる。

 九衛が立ち上がり、二階の自室に置いてあるバットを取りに行く。


(石川県の名投手で強打者の浜渡修一郎、か。―――他県で錦先輩を知っていて、倒すって宣言するとは―――面白くなってきなあ。去年の甲子園出場校でもある石川県の北鄭高校(ほくていこうこう)か、甲子園で投手として打者として―――打席勝負してぇぜ!)


 従妹の姉がソファーでポテトチップスを食べながら、下着姿で座る。

 プロ野球中継のチャンネルを変えて、可愛い猫と犬のモフモフペット番組を見る。

 階段からバットを持った九衛が下りてくる。


「ちょっと騒がしいわよ。お風呂早く入りなさいよ」


 居候先の姉の言葉を無視して、ガラス戸を開ける。

 そのまま九衛は庭に出る。


「寒いんだから、早く締めなさいよね。ちゃんとカーテン閉めんのよ!」


 バスタオルと下着姿の姉に注意され―――ガラス戸を閉める。

 九衛は集中して、庭で素振りを始める。


「風呂の前に軽く庭でスイングやらねーとな! 錦先輩を越える為にも―――俺様は鍛錬を積み重ねていくぜ。甲子園の強い投手ほど打ちてぇ! 最強投手に対戦してこそ打者の喜び! 高校野球を食らってやるかぁ! がっはっはっ!」


 そう言って、素振りを繰り返す。


(遊んできたとはいえ、勉強は今日の分は終いか。―――甲子園に行ったら全国のトップ相手に錦さんの全力が見られるのか……。楽しみでしょうがねぇ! 俺よりすげえ人の全力が見てみてぇなぁ!)


 スイングする中で―――夜空に流れ星が落ちる。 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る