第349話
「オレ達を知っているのか?」
ハインの質問に切間は答える。
「今日デートしているときに陸雄とかいう奴が四回戦まで残って、五回戦で俺達に挑むと絡んできたから―――ネットニュースでお前たちの顔を覚えた」
切間が芝生を歩いていく。
「フッ、前哨戦でもしにきたのか?」
「ああ、お前はあの紫崎健之(しざきけんし)の弟の隆(たかし)か―――噂には聞いていたが、こんな形で会えるとは思わなかった」
「―――名前くらい名乗ったらどうだ?」
ハインがそう言うと切間は自己紹介をする。
「兵庫四強の一校である私立香月高校(かげつこうこう)の切間針継(きりまはりつぐ)と言えばわかるだろう? 一年坊で捕手のハイン・ウェルズ」
「オレ達のことはニュース越しとはいえ覚えているのか」
「なぁに―――デートが終わって、軽くバッティングセンターでも行こうと思ったら、お前達をたまたま見かけてな」
「フッ、それで俺達に何の用だ?」
「なぁに、大森高校じゃどうせ俺達のチームは試合で当たらないんだ。だからここで打席勝負してやるのも一興だろう?」
「フッ、お互い勝てば五回戦で当たるというのにか?」
「それ以前にに四回戦の速水達にお前たちは負ける。あいつはそれなりに出来るが―――あいつに勝つのは俺だ。俺達は勝って当たり前の他校の四回戦だしな。そいつらと同じでお前らは弱いだろう」
切間がそう言って、軟式のボールを見て―――手を差し出す。
投げてやるから打席に立てという意味だった。
「フッ、なら挑んでやろう。俺が打てたら俺達が強いということを認めるんだな?」
「―――ああ、考えといてやるよ」
ハインが紫崎を見て、頷く。
「ならオレが捕手をしよう。ミットはないがグローブで止めてみよう」
「グローブだからって後逸しても負けは負けだからな。俺のバットも貸してやろう」
切間がスポーツバックからはみ出ている金属バットを紫崎に渡す。
「紫崎隆―――決勝で当たるお前の兄だけじゃない。弟のお前も一球勝負でストライクを取れば俺は紫崎兄弟を打ち破ったという自信がつく」
紫崎が離れて、バットを構える。
ハインが紫崎の背後に回り、グローブで捕球体制に入る。
軟式のボールを貰った切間が自前のグローブを着けて、一定の距離まで離れる。
「ここで一球勝負でお前をストライクにすれば―――五回戦で挑めずとも負けたことを痛感できるだろう? 弱小は所詮弱小―――マスコミは錯覚して騒いでいるようだが、お前たちに現実を教えてやるのさ」
切間が試合と同じマウンドの距離で構える。
「フッ、俺はそんな簡単に打ち取られはしないぞ」
「錦がいて、今までの雑魚相手にちょっと出来るようになって勘違いしているようなチームに―――この俺が負けるはずはない」
切間が投球モーションに入る。
紫崎がバットを構える。
指先から軟式のボールが離れる。
ボールは真ん中高めに飛ぶ。
(早い―――だが、タカシなら打てるはず―――)
紫崎がタイミングを合わせて、スイングする。
打者手前でボールが左に曲がりながら落ちる。
紫崎がカーブだと読んでスイングしたが―――。
ボールはバットの上を通過する。
紫崎がそのままバットを空振りする。
ハインがグローブで捕球する。
それはカーブでもスライダーでもない左に曲がる変化球だった。
(この軌道はスラーブか?)
ハインが気づく。
―――スラーブ。
変化球の一つでカーブより早いスライダーであり、スライダーより曲がるがカーブである。
―――言わばカーブとスライダーの中間の変化球。
左に曲がりながら落ちるのは同じだが、変化はカーブより浅く、スライダーより深い速球である。
切間がグローブを外す。
紫崎が打てなかったことを悔やみ―――黙り込む。
切間がバットを取りに近づいていく。
「現実ってもんが解っただろう? 所詮は紫崎健之(しざきけんし)のオマケだ」
紫崎がバットを切間に黙って、返す。
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