第348話
鍵を閉める音が聞こえて、星川は番組を見続ける。
「石川県の強豪校で甲子園に二回出場した北鄭高校(ほくていこうこう)のセンターの強打者・辻内隆(つじうちりゅう)さん―――今大会注目選手の一人ですか……」
星川が見続ける高校野球特集番組でその選手をジッとモニター越しに見ていた。
※
みんなで勉強会を開く図書館から帰った夕方過ぎ―――。
灰田はアパートの部屋でパソコンとにらめっこをしていた。
机の上に描画ソフトのタブレットが置いてある。
イラストをパソコンで描いているようだ。
灰田は美術の成績は非常に優秀で漫画やイラスト好きである。
3Dと2Dも合わせて使いこなせるので、空いた時間は創作に費やしていた。
(ん~、もうちょっとこの線をソフトで修正しとくか……)
そんなことを考えながら投手の投げるシーンを漫画風味に書いていた。
メールの通知音が聞こえる。
作業用の音楽を聴いていた灰田がメールボックスを開ける。
以前ネットコンテストに投稿したイラストが特別賞に入ったという運営からのメールだった。
「おおっ! テンション上がるわ」
思わず声を漏らす。
(賞金はネットマネーだし、この金でネットショップの人気商品の創作力の上がる小型椅子でも買うかな)
灰田がヘッドホンを外して、小型冷蔵庫に入っているミルクティーを取り出す。
(漫画家として食っていけたら良いんだけどなぁ。クソジジイが許してくれないか)
ペットボトルの蓋を開けて、ミルクティーを飲む。
(三年生になったら、美大くらい受けさせてほしいもんだけどな)
灰田の本棚には野球関係の本以外に美術の本が結構ある。
飲み終えて、空になったボトルをゴミ袋に入れる。
(野球の時間を言い訳にしたくはないけど、色彩検定持ってて、3Dソフトを2D描画ソフトに取り込む現状じゃまだ無理かな?)
机に置かれている通信簿の美術の成績がコピーされた用紙を実家宛の青のレターパックに入れる。
(野球終わったら、兵庫の近くの大阪の美大に行きてぇけど―――先生とクソジジイに進路相談だな)
メンバーが集まって勉強する日に―――郵便局に行く予定日をカレンダーに書く。
(まずは一年生でトップの美術の成績以外に目に見える結果で納得させねぇとな。野球は野球で美術と勉強は同じくらいやんねぇと結果がこねぇし―――)
ヘッドホンを付け直す。
(漫画家とかイラストレーターになれれば理想的な日々になるんだけど―――野球で体力あり余ってるからとりあえずコンテストとかにどんどん応募だな)
灰田が気合を入れ直して、描画作業に没頭する。
「少年誌か有料のウェブ漫画で本格野球漫画とか描いてみたいしなぁ―――あっ、宿題は……まぁ、メンバーが集まる図書館でやるか」
そうボヤいて、タブレット用のペンを動かす。
※
一方で夕方過ぎの日が沈む時間に戻り―――。
古文漢文を教える代わりにハインに英語を教わった紫崎が二人で夕日の沈む道を歩いていた。
「タカシ。すまないな。図書館の勉強会の後でこうして送ってくれるとは思わなかった」
河川敷を歩くハインが紫崎に肩を並べて話す。
「フッ、気にするな。ちょうど軟式のボールでお前とキャッチボールでもしようと思っていたところだ。今日は練習がないしな」
そう言って、紫崎がグローブと軟式のボールをバッグから取り出す。
「レンジのキャッチボールをここで早速するとはな」
「フッ、あいつはあいつで俺は俺でアシストしてるのさ。やるやらないは任意で良いぞ?」
ハインが坂の下にある芝生を見る。
「オーケー。この河川敷ならキャッチボールくらいは出来るな。俺の親戚の家はここから近いから軽く投げるか?」
「フッ、軽く済ませてすぐに帰るか?」
「ああ、そうするか。家も見えたしな」
ハインが河川敷の坂から見える自分の住んでいる家を確認する。
二人が河川敷の芝に降りる。
準備運動を終えて、軽く軟式のボールでグローブを着けてキャッチボールをする。
「タカシ。古文と漢文を教えてくれて感謝している」
ハインがそう言って、ボールを投げる。
紫崎がキャッチする。
「フッ、英語は単語覚えが厄介だが―――ハインが教えるとスッと頭に入る」
紫崎が投げる。
「和訳がだいたい意味が通じているから、タカシは今のところ英語は問題ない」
ハインがキャッチする。
立ち止まって、上を見上げる。
紫崎が不思議に思い、ハインの見上げる方向を見る。
私服の切間がその光景を見ていたようだ。
「お前はあの弱小の大森高校の奴らだろ?」
初対面の二人に切間がそう言って、階段を下りていく。
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