第338話
「どうしたの? 今月の小遣いなら昨日母さんに貰ったから金銭面問題ないぜ?」
「違うの。陸雄の野球部で柊さんがマネージャーとして入るって言ってたよ」
「―――えっ?」
バスを待つ間に陸雄の足が止まりかける。
「柊って同じクラスの? 俺が保健室に搬送された時に保健委員だったあの柊?」
マネージャーのことは前日に中野監督から聞かされていた。
しかし、誰とは言ってはいなかった。
その人物が意外だったのか―――陸雄がその話題に食いつく。
「うん。昨日の夕方に心菜ちゃんが入りたいって、メッセージがスマホで来たの。野球部の部長の鉄山先生に頼めば入れてくれるって送ったんだ」
清香がそう言って、やってきたバスに一緒に入る。
「マネージャーって、大変だと思うぜ? 飯とか俺らの練習量増えるからこっちとしては問題ないけどさ」
「中学時代にマネージャーの経験あるから平気って、言ってたよー」
バス車内に二人は座っていく。
「ふぅん。なんかあんのかねぇ? 同じクラスの紫崎と灰田とはじめんもビックリするかなぁ」
バスが動く。
「一緒にお出かけできるのも久しぶりだよね」
清香が上機嫌で陸雄に話す。
「中野監督公認の完全な休暇は今日だけだもんなぁ。四回戦が始まったあたりから―――スケジュール的にどんどん試合期間短くなるし、激闘だな」
陸雄が隣の席に座る清香の話題に乗る。
「えへへ~♪ それもそうだけど、夏休みが始まってるもんね。今日だけでも楽しい夏になると良いね」
「夏祭りの日は練習終わりだから夜限定だけど遊びに行こうぜ」
「そうだね。でもアクアワールド以外で使えるお小遣い大丈夫なの?」
「母さんから清香と遊びに行くって言えば、今月のお小遣い以外は夏祭りだけ良いって言ってくれるさ」
「中学二年の時も陸雄のお母さんお小遣いくれたんだっけ?」
「そうそう、中三の時は受験で遊べなかったしな。こうして遊ぶのは久しぶりだもんな」
バスがアクアワールド前に着く。
バス停の前には帰りの人々が人が並んでいた。
「帰りも混むだろうから、早めに帰るとして―――イルカのショーは先に見ておく?」
清香の言葉で陸雄が答える。
「そうだな。ペンギン餌やりとフィッシングゾーンでアジも釣りたいし―――せっかくだから先に見よう」
「うん、わかったよー。なら私は水族館コーナーのヒトデやサンゴ触りたいな」
二人がバスを降りる。
「それはそれとしてアクアワールド内のレストランで食事する?」
陸雄の質問に清香が歩きながら答える。
「スマホで調べたけど、期間限定のブルーハワイ風味のアクアスイーツ食べてみたい」
並んでいる受付で二人は待ちながら、雑談する。
「俺は太平洋カレーが食べたいかな」
受付にチケットを見せて、入場する。
「あっ、その水族館出た後にあるたこ焼き食べたい」
「えぇ……タコ見た後にたこ焼き食べんの?」
アクアワールドに入った陸雄が困惑する。
「水族館でタコ見た後に出口に美味しいたこ焼きコーナーあるんだよ。普通だよー」
「俺は水族館のそういうブラックジョークというかサイコパスな一面が怖いわ。競馬見た後に馬刺し食べるような残酷さを痛感させられるぜ」
「陸雄って競馬とか見るの?」
「いや、昔に休暇取って帰ってきた父さんがテレビで見てたの思い出してさ。―――なんかダービーとかレースでのワグネリアンって競走馬が優勝したので、親父が楽しそうに刺身食べてたからさ。レース始まる前にダノンプレミアムが勝つんじゃないかって、予想はしてたけど、親父はワグネリアンが勝つって思ってたらしい」
「刺身と馬刺しは違うよー。それとダービーって何? お馬さんのレースの名称なのー?」
「ああ、やっぱ違うか。ええとダービーってのは国内で日本一を決める三歳馬限定のレースの三つあるうちの一つらしいよ? ダービーは競走馬にとっては一度きりしかない選ばれし三冠レースの一つだって、父さん酔って話してたわ。昔は馬は数え年で四歳馬でもダービーがあるとかそんな話があったような、無かったような……んー?」
「競馬のことは良く解らないけど、陸雄の目指す甲子園って場所と同じなのかな?」
清香の言葉に陸雄は一瞬会話が遅れる。
―――甲子園。
その言葉が何か自分にとって、兵庫でありながら近いけれど遠くで神聖な場所に感じたからだった。
「―――陸雄?」
清香がキョトンとする。
陸雄がハッとする。
「あっ、悪い。考え事してたわ。いやー、たぶん……甲子園は違うんじゃないかな? 競馬は公営ギャンブルではあるけど、賞金王とかがある競艇と同じ読んで字のごとく競い合うスポーツだし―――賭博野球が禁止されているプロ野球と高校野球は同じくくりじゃないと俺は思うよ。賞金も出ないしな」
陸雄がそう言って、アクアワールドの外の海沿いの景色を見る。
(言葉だけじゃ伝わらない場所なのかもしれないな)
その目線の先には甲子園のある方角を見ているようだった。
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