第337話

 大森高校に着いたので、メンバーがバスから降りていく。

 中野監督がバスを降りて、思い出したかのようにメンバーに話す。


「今週ある終業式以外は週に一回の休みの日だけ夏休みの勉強もしっかりするように―――いいな?」


 中野監督の言葉でメンバーが頷く。


「よし! じゃあ今日の試合の反省練習するぞ!」


「「おっす! お願いします!」」


 マネージャーも含めたメンバーがグラウンドに移動する。


(ふふっ♪ あいつらも一人前の高校球児らしい顔つきになってきたな。共通の目的意識の中で生まれる勝つ以外のことで、集中しつつも野球を楽しみ始めている。すなわちフローに近い感覚になっているな)


 中野監督がグラウンドに嬉しそうに移動する。


「中野監督。私はこれから職員室で遅くまで残った仕事があるのでこれで―――」


「鉄山先生。夏休み中もボール磨きはしなくても構いませんから―――」


「しかし、あっ、失礼―――」


 鉄山先生のスマホが振動したので、通話に出る。


「もしもし、はい―――えっ、そうですか。では明日から―――はい、解りました。それでは失礼します」


 鉄山先生がスマホの通話終了ボタンを押す。

 どこか嬉しそうな表情だった。

 中野監督が気になり、質問する。


「どうされました?」


「一年生で野球部のマネージャーを希望する女子が一人いるそうです。明日から入部届と一緒に野球部に入ってくれるみたいで、ボール磨きは古川さんと新マネージャーの彼女がしてくれますよ」


 鉄山先生の報告で中野監督が肩の力を少し抜く。


「―――なるほど。ますますウチのチームの士気がベストな状態になる。練習量も増えますね」


「詳しい話は明日の朝にでもしましょう。私はこれから職員室に戻って残った仕事があるのでこれで―――」


「はい、今まで色々サポート頂きありがとうございます」


「いえいえ、部活動と勉学と協調性と支えあい交友をする生徒達を見ているのは気持ちの良いことですから―――教師として冥利に尽きます。それでは―――」


 中野監督が職員室で雑務をこなす予定の鉄山先生に一礼する。


「私も監督として、あの子たちを導かねばなりません。野球を通して―――人生における大事なものを教えていきます」


 鉄山先生が微笑し、職員室に移動する。

 中野監督がグラウンドに移動する。

 大森高校野球部に新マネージャーが入ることを知らされたのは練習終わりの時だった―――。



 夏休みのある日―――。

 この日ばかりは各部員自主トレ及び勉強会という名目で部活動は無い日である。

 清香と一緒に陸雄が私服で出かける。


「こうして陸雄と一緒に歩くの三回目じゃない? 夏休み入ってからは初めてだね」


 電車を降りた清香が楽しそうに陸雄に話す。


「なんかいつも朝練でサラリーマンのおっさん達しか乗ってない早朝の電車に乗ってきた日々だから、変な日だよ」


 陸雄がエスカレーターを降りて、答える。


「変じゃないよ。普通の高校生はこの時間でも早い方だよ。もう夏休みでしょ? こういう休日は野球部にはあまり無いけど、陸雄はこれからずっと試合と練習ばかりの日々でしょ?」


「んー、まぁ勉強しなきゃいけない日があるから―――みんな週に一回は休みだけどな。休むことも練習のうちだしさ。あいつら今頃は図書館で勉強会だろうしさ」


 改札を出て、清香と一緒に朝の活気のある駅前を歩く。

 周りにはバス停で待っている会社員や私服の大人達が並んでいる。


「ん、滅多にあのバス停あんな混んでたっけ? いつも少ないのに」


 陸雄がバス停の並ぶ人々見ながら一緒に歩く。


「あっ、知らないの今日からだよ。兵庫のアクアワールドの入場料割引期間―――だいたいの人はそれ目当てで行くんじゃないの? ほらカップル多いし―――私たちもスマホやネットの予約で買った電子チケットあるから並ばなきゃね」


 清香の言葉通り、バス停の前の列には若い男女や家族連れが並んでいた。

 そのまま駅から清香たちはバス停の列に向かう。


「遊園地も商店会もこの時期が稼ぎ時の一つなのかな?」


 陸雄がそう言って、バスの列の最後尾に並ぶ。


「私、だいぶ前にママからチケット貰って、アクアワールドのためにお出かけしたんだよ? 凄い楽しかったから今日は絶対に当たりだよ。 陸雄も気分転換必要だし、ここまで来たんだから一緒に行こうよ?」


 清香が積極的にそういうことを言うのは珍しいことだった。

 陸雄もこの日だけは練習が無いので、少し考えこんで頷く。


「そうだな、いいぜ。バッティングセンターじゃ清香は拗ねるしな。この前の夜の勉強で話してたアクアワールド行くか」


 陸雄がそう言うと清香が嬉しそうに笑顔を見せる。


「うん、決まりだね♪ あっ! そうだ!」


 清香が思い出したかのように表情を変える。



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